コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—
「…わかりました、デザインは頑張ります。詳細はまた分かり次第教えてください。じゃあ、これで」
水惟は立ち上がって部屋を出る素振りを見せた。

「あ水惟、しばらく打ち合わせがある時は蒼士に来てもらうから。水惟もなんか用事あったら言って。」

(…なんで?今まで来なかったのに…)

「………」
水惟は無言でお辞儀をして部屋を出た。

(ちがう…今までが変だったんだ。洸さんと親しくて、大きい仕事をくれるクライアントなのに4年間一回も来てないなんて…。私が洸さんに気を遣わせてたんだ。)

ミーティングルームのドアに背を向けて立ち尽くす水惟の心臓が、今度はズキ…っと鈍く軋んだ。

今回の仕事で、水惟と蒼士と、その周りの人間の時間が4年振りに元の場所で動き始めた。
水惟はそんなことを感じていた。

(それ自体は良い事だけど…)

5年前の記憶が蘇る。

***

「水惟は美味しいもの食べてる時が一番幸せそうだよね。」
デートの途中、カフェでケーキを食べる水惟に蒼士が微笑んで言う。

「だってケーキってすごくない?こんなに小さいのにキレイで美味しくて。それにお店もかわいいし!」
水惟が目をキラキラさせて興奮気味に言う。

「いつかカフェのトータルのデザインとかやってみたいんだ。内装のイメージとロゴとメニューと…」
「ついてる。」
蒼士が水惟の口元についたケーキのカケラを親指で掬うように取り、ペロッと口にした。
水惟は照れくさそうに赤面する。

「水惟ならできるよ、きっと。俺も見たい。」

「あとね、ホテルとかもやってみたいの。アメニティとか絶対楽しいと思うんだ〜」

***

(…あんな、何気なく言ったようなこと…なんで覚えてるのよ…)

水惟の胸がまた騒つく。
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