コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—
「…今回担当させていただくリバースデザインの藤村です。よろしくお願いします。」

「深端グラフィックス営業部の深山 蒼士(みやま そうし)です。あらためてよろしくお願いします。」

「頂戴します…」

“久しぶりの再会”の挨拶が不自然に抜け落ちたやり取りの後、名刺を受け取る水惟の手は微かに震えていた。

【株式会社 深端グラフィックス 第一営業部長】
【深山 蒼士】

(営業部長…営業のトップ…)

「偉くなったんだな〜蒼士!まだ34歳だろ?異例の昇進なんじゃないか?」
洸が名刺を見ながら言った。

「いや、そんなことないですよ。洸さんこそ社長じゃないですか。」
「小さい会社でも社長は社長だからな。責任重大だよ。」
洸と蒼士は今もお互いに名前で呼び合う仲のようだ。

そんな二人の会話を、水惟は冷めた感情で聞いていた。

(“深山”が深端でスピード出世するのは当たり前じゃない。創業者一族なんだから。)

深端グラフィックスをはじめ、いくつかの子会社を経営する深端ホールディングスは現在蒼士の祖父が代表を務め、そう遠くない将来、現在は深端グラフィックスの社長を務めている蒼士の父へと交代する予定だ。
深端ホールディングスの経営者一族が深山家なのだ。

“深山”
それは4年前まで水惟が名乗っていた名字でもある。
< 8 / 214 >

この作品をシェア

pagetop