片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして
「茜!」

 エレベーターを待つ最中、背後より声が掛かる。

「あら朝霧部長、お疲れ様です」

 振り返らずとも誰かは承知しており、挨拶した。

「気が早い。それに君にそう呼ばれたくない。もう上がれるのか?」

「うん。一回マンションに帰ってレストランへ向かうね。あ、朝食も買っておこうかなって。ジャム切らしてたよね?」

「あぁ、良く気が利く奥さんだ。ありがとう」

「それこそ気が早いわよ。両家の顔合わせはまだだし、部長と笠原さん以外は私達の関係を知らないんだから」

 チン、到着の合図と共に2人で乗り込む。

「俺は茜との関係をいつ公表してもいい、周りの男達に牽制出来る。殊に最近の茜は綺麗で人の目を引くから心配だ」

「そちらこそ、昇進の話が出てますます女子社員に騒がれてるみたいだけど?」

 どちらかともなく手を繋ぐ。薬指の指輪同士がカチッと鳴り、顔を見合わす。ちなみに私は左、誠は右に身に付けている。

「ねぇねぇ、覚えてる? ここで壁ドンしたのを」

 ふといつかの思い出が過り、尋ねた。

「忘れるはずないだろ。なんなら今からやってもいいが、壁ドンで終わらせる理性が無い。あの頃の俺は紳士だったな? 密室に茜と2人きりで手を出さなかったんだ」

 割と本気のトーンで語られ、若干引いてしまう。

「エ、エレベーター内でのセクハラ発言はやめて下さい。そういうのは家でーー」

「茜相手に禁欲なんて無理。今、凄くキスしたい」
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