しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~
「申し訳ございません、衣都様。奥様はお客様が帰られたばかりで、お疲れのご様子でして……」
「そうですか……」
「お力になれず申し訳ございません……」
「いいえ!こちらこそいつも気を遣わせてしまって、すみません」
衣都は申し訳なさそうに謝罪の意を告げる家令を労わった。
断りの文言が少し変わっただけで、門前払いには違いなかった。
「おば様のお好きなブランデー入りのカステラを持ってきたんです。よかったらおば様にお出ししてください」
衣都は手土産を渡すと家令に会釈をしてその場から立ち去り、ピアノのある離れに足を向けた。
離れに鍵はかけられていなかった。
衣都は一歩足を踏み入れると、在りし日のように黒々と輝くピアノのボディを撫でていった。
毎日のように、離れに通っていた頃がひどく懐かしい。
チョコレートを持ってくる謎の人物の正体を教えてくれたのは、実は綾子だった。
『あの子ったら衣都ちゃんに喜んで欲しくてしかたないのよ〜。嫌でなかったら好きにさせてあげて〜?』
おかしそうにクスクスと笑う綾子は息子への慈愛に満ちていた。