しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~
「そ、それは……!」
「……とんだ茶番だったわね」
綾子の声を遮るようにして、尾鷹紬がこの場に姿を現した。正体不明の足音は、彼女のものだったのだ。
招待客でもない彼女を敷地の中に入れるよう手引きしたのは綾子だろう。
「綾子さん、いいのかしら?例のあの件、総帥のお耳に入れてしまって……」
「いやっ!もうやめて……!」
綾子は耳を塞ぎ、その場に崩れ落ちた。尋常ではない怯え方だった。
紬の唇が満足げにニンマリと優美な弧を描く。
例のあの件……とは何のことだかわからないが、綾子が秘密を盾に脅されていることは理解できた。
衣都は彼女をキッと睨みつけると、おぼつかない足取りで前へと進み出た。
すると次の瞬間、パーンと甲高い音が廊下に鳴り響いた。
衣都の渾身のビンタは、紬の左頬に見事命中した。
「何するのよ!」
「これでおあいこでしょう?文句を言われる筋合いはないはずだわ」
怒りがふつふつと湧き上がり、自分でも制御できそうもなかった。
「おば様を脅して言うことを聞かせようとするなんて!最低だわ!」
「ハッ。言って……くれるじゃない……!」
紬は衣都を鼻で笑った。
二人は睨み合いを続けたまま、動こうとしなかった。