しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~
「おば様のお話、本当に驚きました」
「しきたりに従って結婚したとはいえ、三十年以上も連れ添っていたら義務なのか愛情なのか、判別がつきそうなものだけれどね」
「きっとお互いに怖かったんですよ。口に出してしまったら、夫婦を続けられないかもしれないから……」
それは、かつて衣都が抱いていたものと同じ想いだ。
臆病で、繊細で、触れたら壊れてしまいそうなほどに儚い。
単なる他人以上の気持ちを期待してゆらゆら揺れ動く。それを、人は恋と呼ぶのだ。
なんて愛しくて、尊いのだろう。
「父さんも今回の件で、しきたりの廃止に前向きになってくれるだろう」
「じゃあ、私達がしきたりに従って結婚する最後のひと組になるのかもしれませんね」
「そうだね」
衣都は響に改めて向き直り、口を開いた。
「あのね、響さん。私、実はしきたりに少しだけ感謝しているの」
「感謝?」
「しきたりがあったおかげで、しきたりがなくても響さんとずっと一緒にいたいって強く思えるんです」
「……僕もだよ」
響は衣都の顔を手で包み込むと頭を傾け、そっと口づけた。
「僕は君が奏でる音色をずっと聴いていたいんだ」
「嬉しい――」
ひょっとしたらプロポーズのセリフよりも、嬉しいものだったかもしれない。
衣都も同じ気持ちだった。
貴方が奏でる極上の音色が耳から離れてくれない。
初めて出会ったあの日から、今でもずっと……。