財閥御曹司は最愛の君と極上の愛を奏でる

(余計に忘れられなくなるだけだった……)

 諦めるために身を任せたのに、身体に残るいくつもの爪痕に愛しさは募るばかりだ。
 ……ダメだ。
 泣くのは家に帰ってからにしないと、響に余計な罪悪感を背負わせてしまう。
 衣都はシャワーを浴び終わると、急いで下着とワンピースを身に着けた。
 急いでいると言われたし、メイクを直している暇はなさそう。

「大丈夫?顔色が悪そうだけれど……」
「……平気です」

 衣都は異物感の残る身体を隠し、気丈に振る舞った。
 あんなことをした翌日だというのに、響は何ら変わることなく衣都を気遣ってくれる。
 それが、余計に惨めだった。
 衣都にとっては男性とホテルに行って朝帰りなんて天地がひっくり返る出来事でも、響にはありふれた日常の風景に過ぎないのだと思い知らされる。
 落胆する衣都に想定外の出来事が起こったのは、エレベーターから地下駐車場に降りたった時だった。

「きゃっ!」

 突然、足が地面から離れていき、衣都は悲鳴をあげた。

「響さん!?」
「何?」

 響は衣都の膝裏に腕を差し入れ、そのまま持ち上げたのだ。

「あ、あの……!」
「ん?」

 抱き上げられてあたふたしているのは衣都だけだった。響は平然とした顔で、薄暗い駐車場内を歩き始めた。

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