財閥御曹司は最愛の君と極上の愛を奏でる
「あ……」
たまたま廊下で鉢合わせしただけなのに、衣都は響の顔を見るなり踵を返し走り去って行った。
律からは運動が苦手だと聞いていたが、やけに俊敏だ。
……初めて言葉を交わした日以来、どうしてか避けられている。
何度か話しかけようと試みたものの、大体、避けられるか、逃げられるかのどちらかになる。
割合としては逃げられることの方が多めといったところ。
(まるで行動が読めないな)
弟妹のいない響には年下の女の子にどう接するのが正しいのか、よくわからなかった。
衣都の行動はまるで理解不能だった。
(まあ、好きにすればいいよ)
響には衣都を追いかけ、自分を避ける理由をわざわざ聞きだす情熱もなければ、義理もなかった。
三宅兄妹が四季杜の屋敷で暮らすのは、成人するまでのわずかな期間だけ。
距離が縮まろうと広がろうと別にそれほど問題にならない。
一緒の屋敷に暮らせど、所詮は赤の他人だ。
あちらが嫌がっているのに無理強いすることもないと、響は早々に結論づけた。
ところが、響の考えとは裏腹に、衣都との関係性が一変するような出来事が起きるのだった。