しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~
それから響は時間があるときは、衣都のピアノを聞きに行くようになった。
衣都は学校から帰ると、夕食の時間までは離れに籠るのが日課だった。
律から聞いた話によると、衣都はコンクールでの入賞経験もあるなかなかの腕前らしい。
(何をしているんだ、僕は……)
時々、ふと我に返り、唖然とすることもあった。
これまで散々薄情だの、人に対して無関心だの言われてきたというのに、自分でもおかしいと思う。
それでも、響は衣都のピアノを聞きに行くことをやめなかった。
見物料の代わりにチョコレートを置いていくことも続けた。
「いただきます」
衣都は手を合わせると、小皿の上のチョコレートをいつも嬉しそうに食べてくれた。
始めこそ警戒していたが、同じことが何度も続くと、口に運んでくれるようになった。
逃げる子ウサギを手懐けたような、淡い嬉しさを感じる。
響にとってこんな経験は初めてだった。