しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~
そうして窓の外で立ち尽くしていると、やがて音が鳴りやんだ。
一曲弾き終えた衣都は、ハアハアと肩で息をしていた。
何度か唾を飲み込むと、今度は瞳から涙が次から次へと零れ落ちた。
声を上げて泣き叫ぶのではなく、じっと耐えるように静かに涙を流すその様は――途方もなく美しかった。
響はとっさに目を逸らした。
(どうした……?)
見てはいけないものを見てしまった罪悪感と、この世のものとは思えぬほど美しいものを見た高揚感のせいなのか。
心臓の鼓動がやたらと速い。
見咎められないうちにこの場から退散しようとも思ったが……泣いている衣都をどうしても放っておくことができない。
考えあぐねいた末に、響は食堂からチョコレートをいくつかくすねた。
食後のティータイムの時に出されるお茶請けのひとつだ。
響は離れに戻ると、チョコレートをのせた小皿を扉の内側にこっそり置いた。
甘いものを食べれば少しは気休めになるかもしれない、という響らしからぬ非合理的な論理だった。