しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~
チョコレートをせっせと差し入れする奇妙な関係に変化が訪れたのはこの生活を二ヶ月ほど続けたある日のことだった。
いつものように窓の外からピアノに耳を傾けていた響は、微かな異変を感じとった。
(おかしいな?)
音が十分以上止まっているにも関わらず、衣都が離れから出て来る気配がない。
衣都は練習中、ほとんど休憩を取らない。
次から次へと曲を変えては、同じ小節を反復練習し、練習が終わるとチョコレートを食べ、ほんの数分で屋敷へ戻っていく。
(まさか……!)
胸騒ぎがした響は、慌てて離れの扉を開け放った。
部屋の中に一歩踏み込んだ響が見たのは、窓枠に足をかけた衣都だった。
「衣都!何をしているんだ!」
「ふ、譜面が……」
衣都は突然離れにやってきた響に驚きつつ、か細い声で訴えた。
「譜面?」
衣都の指さす方を見ると風で巻き上げられたのか、譜面が木の枝に引っかかっていた。
確かに衣都の身長では手が届きそうにない。
「僕が取るから、君はそこにいて」
一階とはいえ、窓枠に足をかける衣都を見た時は生きた心地がしなかった。
響は自ら身を乗り出し、譜面を取ってやった。
「ありがとう……ございます……」
譜面を渡すと、衣都はボソボソとお礼を言った。