財閥御曹司に仕掛けられたのは、甘すぎる罠でした。

4 特別なお仕事

 翌朝、寮を出て、桜堂ホテル・トウキョウの従業員通用口を通る。
 食堂で朝食を食べ、メイド服に着替えた後、私は昨夜と同じエレベーターへ向かった。

『依恋さん、僕の専属メイドになってくれないかな』

 冗談のような悠賀様のその言葉は、冗談ではなかった。
 私が「はい」とも「いいえ」とも言わない間に、後ろに控えていた初老の男性――彼は悠賀様の幼少期からの執事で、実質秘書なのだそう――の手によって、指紋と顔写真を撮られたのだ。

 55階専用のエレベーター横。
 昨日押した、インターフォンの下の小さな扉を開いて、指紋をスキャニングする。
 目の前のカメラに右目を映せば、虹彩(こうさい)認証でエレベーターの扉が開いた。

 動いているのかも分からないエレベータ―に乗って、55階へ向かう。
 今日は始業時間に、エレベーターホールで悠賀様の執事さんと落ち合うことになっている。

 エレベーターのドアが開き、昨日と同じふかふかすぎるカーペットを踏む。

「おはようございます、依恋さん」

 執事さんが既にそこにいて、私も慌てて頭を下げた。

「おはよう、ございます……」

 何かを探るような笑みを浮かべる彼に、私はまた緊張してしまう。
 ドクドクと鼓動が早まるけれど、仕事は仕事だ。
 どうにか気持ちを切り替えなければ。

「さっそくですがお仕事の説明をさせていただきますね」

 彼は私に背を向けると、そのまますたすたと歩きだす。
 なんだか拍子抜けしてしまった私は、慌てて彼の後を追いかけた。

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