君は運命の人〜キスから始まったあの日の夜〜
「なんだよ、これ……」
目の前にある光景は全て嘘なんだ。きっと自分は今、悪い夢を見ている。俺はそう思わずにはいられなかった。
「……ねえ、母さん起きてよ。目を開けてよ……」
冷たくなった母を前に、俺は溢れ出す涙を止められなかった。
母は交通事故に遭い、突然この世を去った。享年三十七歳。美しくも儚く、その温かな生涯を終えた。
それからの日々は散々だった。高校には行かず、悪い仲間とつるんで昼夜問わず遊び歩いた。誘われれば気持ちがなくとも、拒むことなく女を抱いた。酒に煙草、クラブやバーに入り浸った。酷い時は警察沙汰になったこともあったが、父が不祥事をなかったことにした。父の権力を前に、俺は自分の無力さを知った。結局はただの坊ちゃん。そんな自分が嫌だったが、今更変われないと思っていた。
もう、どうやって生きたらいいのか分からなくなっていった。
一人、夜の街を彷徨った。酔っ払いに絡まれても、地元の不良集団に殴れても、何も感じなかった。
降り頻る雨の中、繁華街の路地裏で項垂れ、早く母の元に連れていってくれと願った。

そしたら、彼女が現れたんだ__。

「大丈夫ですか?」
そう言い、俺に傘を差し出してきた制服姿の少女。見上げた先にいた彼女は、真っ直ぐに、俺を見ていた。
体は俺よりも小さく、背だって低い。それなのに、なんて芯のある強い瞳をしているのだろうか。
全てがモノクロに見えていた世界。だけど、
「……ごめん……ありがとう」
そう言った次には、彼女の腕を引き、その唇に口づけをしていた。驚いて硬直してしまった彼女に背を向けて歩き出した時には、止まっていた時間が動き出した気がした。
数日経っても、俺の中から彼女が消えることはなかった。そのうち、こう思うようになった。

__彼女に会いたい。っと。
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