公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

複雑な心境(とあるメイド視点)

「ルネリアを……公爵家に連れて行こうというのですか?」
「いえ、そんなつもりはありません」
「そう、ですか……」

 私が最も気になっていた質問に対して、アルーグ様は特に表情を変えることもなく答えた。
 その答えに、私は少し安心する。だが、まだ油断してはならない。彼から全てを聞き終えるまでは、気を引き締めておくべきだろう。

「どういうことですか?」
「無論、私も最初はそうするべきかと思っていました。ですが、考えたのです。それが本当に彼女にとって幸せなことなのかを……」
「アルーグ様……」

 アルーグ様は、ゆっくりとルネリアがいる方向に視線を向けた。
 彼の目は優しい。それだけでわかる。彼は、ルネリアのことを気遣ってくれているのだということが。

「貴族の世界は、裕福な暮らしを送れます。ですが、彼女の立場では色々と苦労することになるでしょう」
「そうですね……」
「私がこの目で見た所、彼女は幸せな生活を送っているようです。その幸せをわざわざ奪おうとは、私も思いません。ここであなたと生活を送っていく。それでいいのではないかと思うのです」

 どうやら、アルーグ様は本当にルネリアを連れて行くつもりはないのだ。
 それを理解して、私の体から力が抜けていく。私は、今度こそ心から安心することができたのだ。

「……それで、アルーグ様はどうして自らこちらに?」
「……興味とでもいっておきましょうか。あなたや、顔も知らない妹を自分の目で見てみたかった。ただ、それだけです」

 アルーグ様は、少し暗い顔をしながらそう言ってきた。
 彼は、八年前に比べると成長している。だが、その表情だけは以前に私が見た子供の時と同じように見えた。
 顔も知らなかった妹、そこに彼も複雑な感情を抱いているのだろう。

「さて、私はそろそろ行かせてもらいます。これ以上、あなた達に干渉するつもりはありません。ただ、何かあったら、ここに連絡してください」
「あ、はい……色々とありがとうございます」

 そこで、アルーグ様は紙を渡してきた。そこには、彼の連絡先が書いてある。公爵家に悟られない秘密の連絡先なのだろう。

「……立派になられましたね」
「何?」
「あ、いえ、すみません……」

 私は、そんなアルーグ様の姿を見て、思わず呟いてしまった。
 数年ぶりに会った彼が、立派に成長したことは感慨深いことではある。だが、それを本人の目の前で呟くのは駄目だったかもしれない。
 その証拠に、アルーグ様は目を丸くしている。やはり、使用人でしかなかった私が、図々しすぎただろうか。

「……ありがとうございます」
「え?」

 アルーグ様は、私に一言そう言って、その場を去って行った。
 私は、少し困惑しながら彼の背中を見ているのだった。
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