公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

恐ろしい仮面(アルーグ視点)

 俺は、カーティアに全てを打ち明けた。俺のあの人に対する思いの全てを、包み隠さず話したのである。

「なるほど、アルーグ様にとって、それは苦い思い出という訳ですか」
「ああ、そういうことになるな……」

 彼女にとっては、婚約者の初恋の話など面白いものではなかっただろう。
 だが、それでも彼女は真剣に話を聞いてくれた。そのおかげか、俺の心はほんの少しだけ軽くなった気がする。
 話したくないことだと思っていたが、人に聞いてもらうだけでも、心というのは楽になるものらしい。願わくは、カーティアも同じように楽になって欲しいと思うばかりである。

「あなたの事情は、よくわかりました。詰まる所、アルーグ様は、私という存在がありながら、他の女性に思いを馳せていたということなのですね?」
「な、何?」
「私と一緒にいるのに、他の女性のことを思うなんて、失礼だとは思いませんか?」
「いや、それは……すまなかった」

 カーティアは、少し怒っている気がした。それがどうしてなのか、俺にはよくわからない。
 もちろん、失礼なことをしたことは確かである。だが、俺達は、所詮親同士が決めた婚約者でしかない。彼女がここまで怒るのは、いささかおかしいのではないだろうか。
 いや、そういうものなのだろうか。例え、相手が思い人でなかったとしても、他の女性を思い浮かべていたと言われれば、かなり不快になるものなのかもしれない。

「まあ、それはいいとして。次は、私のことを話さなければなりませんね」
「……ああ、よろしく頼む」

 俺が謝ったことで少し落ち着いたのか、カーティアは自らの話をするつもりになってくれた。
 それは、俺が一番聞きたかったことである。彼女に何があったのか、それを知ることで、俺は彼女と正面から向き合うことができるようになるのだろう。

「といっても、私のこの無表情には、そこまで深い理由があるという訳ではありません。単純な話で、私は表情の作り方を忘れてしまったのです」
「忘れた?」
「貴族というものは、他人の顔色を窺うものでしょう? そのために、作り笑いだとか、そういう表情を作るということは多いと思います」
「確かに、それはその通りだな……」
「ある時、私はその表情がわからなくなりました。皆、仮面を被っているかのように張り付いた笑顔に見えるようになったのです。それから、鏡で自分の顔を見ていると、表情が固まっていました。私は、今のようになってしまったのです」
「なるほど、そういうことだったのか……」

 彼女が表情を作れなくなったのは、恐らく貴族の性質が原因なのだろう。
 俺達は、多かれ少なかれ他人の顔を窺って生きている。状況によって表情を作り変えるなど、よくある話だ。
 だが、それは本当の表情ではない。他人の思いを操作するための仮面だ。
 その仮面のことを恐ろしく思い、彼女は表情がわからなくなった。そういうことなのだろう。
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