魔力なし悪役令嬢の"婚約破棄"後は、楽しい魔法と美味しいご飯があふれている。

31

 ーー数分前、シエル先輩の首を噛んだのは私だ。


「おい、シエル。起きろ!」


 さっきから殿下が呼んでも、先輩はぐっすり寝てしまっているのか、なかなか起きない。カロールが何度も呼びかけ、イライラしているのがわかる。

 私は慌て。

「先輩、シエル先輩」

 と、小声で呼んでも、両手で揺すっても起きない。先に"ごめんなさい"と謝り、先輩の首筋をカプッとかじった。


「………っ?」


 痛かったのかビクッと体を動かし目を覚ました。その振動に私は肩か転げ落ち、先輩の膝の上に乗った。


 ーーやばい、カロール殿下と目が合った。


 その私を殿下はいぶがしげに見て。

「そいつはなんだ?」

 と聞かれ、先輩は自分の使い魔だと説明をした。それから何も聞いてこないとなると、カロールは先輩の話を信じたみたい。




 ゆるやかに揺れる馬車の窓から、外の景色を眺めていたカロールは外から目を離さず。

「シエル、もう直ぐでラザールの街に着く。うつつを抜かすな、気合を入れろよ」

「はい」

 しばらくして街の門をくぐり、馬車は馬車着き場に止まる。となりに騎士達が乗る荷馬車も横付けして止まった。

 馬車の窓から見えるのは、王都から東に進んだ先にあるラザールの街。この街は私がいるモール港街よりも、大きく栄えた街だった。

 騎士たちが準備をはじめたのか、外が騒がしくなる。

 ルーチェ捜査隊が探すのは、どうやら街の中だけではなく街の周辺にも行くらしい。準備が整った数人の騎士が、カロールにひと声かけ徒歩で探しにいった。殿下はその騎士たちを見送ると先輩に。

「シエルは残った騎士達と、ラザールの街中を探してこい。それと、肩にいるそいつはここに置いて行け」

 と、私に指をさした。

 
 
 +



 静かな馬車の中でカリカリ、カリカリと音が鳴る。殿下の側近が買ってきた、ひまわりの種を高級ベルベット生地の上で遠慮せず、殻のゴミを出しながら食べていた。
 
(気にするのも変だし。ハムスターって普通はこうだよね)

 それに、ひまわりの種って食べてみると案外おいしい。前歯で殻を剥いてから、なかの白い実を食べていた……でも、余り食べない方がいいかな? 種を持って首を傾げた。


「フフ、それはそんなに美味いのか?」 


 眉をひそめていた殿下がふと笑った……昔はよく、そんな風に笑っていた。

 ーー私はその笑顔をみるのが好きだった。


「どうした、もう食べないのか?」


 種を持ったまま立ち尽くす私に、殿下の手が伸びてきて、私は抵抗なく殿下の手のひらに乗せられる。

「可愛いな、お前は本当にシエルの使い魔なのか?」

 小さな体を使い"そうだ"と頷く。

「シエルは、ルーチェ嬢を隠していないのか?」

 同じように"そうだ"と頷くと、それを見た彼の瞳は、悲しみに揺れたように感じた。

「そうか、隠していないか……」

 小さく呟き私を元の場所に戻すと、背もたれに寄りかかり目をつむった。そして、ため息と共に「……ルーチェ嬢」まるで愛しい人を呼ぶように、殿下は私の名前を呼んだ。


(……いまさら遅い)


 私は無視して、カリカリ、カリカリとひまわりの種をかじった……あなたの元になんて2度と戻らない。追いかけてくるのなら全力で逃げきる。

 一時間くらいが立つころ、私を探して街を回っていた先輩たちと、街の周辺を探していた騎士が戻ってくる。


「どうだ、いたか? 何か手がかりはあったのか?」


「殿下、この街にもルーチェ様はおりません。綺麗な娘が街に移り住んだなどという、噂もありませんでした」

「そうか、いないか……」



 考え込む殿下と、先輩にルーチェ様と呼ばれ、綺麗な娘と言われてこそばゆくなり。手に持っていた、ひまわりの種をポロっと椅子の上に落とす。

 それに気付いた先輩がのぞき込み。

「ん、ルル? 大人しく留守番をしていたか?」

 コクリと頷く。

「おいでルル」

 名前を呼んで、手を出した先輩の掌の上に飛び乗った。ひまわりの種は先輩が回収してくれたので、私は先輩の首筋に回った。

 ーーあ、赤く腫れている?

 それは、さっき噛んだあと。"先輩、ごめんなさい"の意味を込めて、ペロ、ペロッと舐めた。


「おお、くっ……ルル、戯れるのはやめなさい」
 

 シエル先輩にきつく言われて、肩の上に移動して座った。怒ったの? と、見上げた先にみえたのは、真っ赤に染まった先輩の耳だった。
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