魔力なし悪役令嬢の"婚約破棄"後は、楽しい魔法と美味しいご飯があふれている。

37

 ライトの明かりが灯る部屋で、アレもこれもと、シエル先輩に魔法を見せてもらっていた。

「ふうっ……ルーがこれほどに魔法が好きだったとはな……俺以上だ。すまない。そろそろ魔力が切れそうだ勘弁してくれ」

「えっ、もう終わり?」

 時間もみろと部屋の時計を先輩が指した。――店が終わってから3時間以上が経ち、時刻は6時過ぎになっている。

 私にまた今度なっと。先輩は変化魔法を解くために弟さんを部屋に呼び、魔法を解いて、いつもの黒いローブ姿の先輩に戻った。

「ルー、俺たちは帰るよ、おやすみ」

「ルーチェさん、おやすみなさい。子犬は店で寝ちゃったから預かるね」

「はい、おやすみなさい、シエル先輩、ラエルさん」

 魔法の扉が閉まり、一気に静かになる部屋。
 ハムスターになったりといろいろあったけど、シエル先輩といっしょに過ごせて楽しかった。
 

 ――深夜。ルーが眠った頃。シエルも楽しかったと魔法屋から部屋に戻ったが。自分の研究室で頭を抱え、頬をひきつらせ、赤く染めた――それは。寝ようとした、ソファーの下にルーの忘れ物が落ちていたから。

「マジか……」
 

 
 今日の仕事が終わり部屋で着替え中に、コンコンと、壁の向こうからノックする音がした。

 ――シエル先輩? それともラエルさん?

「はーい、どちら様?」

「俺だ、シエルだ。入ってもいいか?」

「先輩? どうぞ入って」

 何もない壁にスーッと扉が現れて、いつものローブ姿の先輩が、手に何か持ち入ってくる。

「ルー、お疲れ様。お邪魔するよ」
「先輩、いらっしゃい」

 部屋に入ってきた先輩は、クンと鼻を鳴らす。

「ん? なんだかこの部屋、美味そうな匂いがするな」

 ――美味しそうな匂い?
 
 もしかして、余った材料で作った親子丼のことかな?
 今日のガリタ食堂のメニューは"照り焼きチキン定食"だったのだけど。親子丼が食べたくなったので、大将さんに鶏肉をもらい。お吸い物の出汁に薄く切ったタマネギと鶏肉を加えて煮込み、卵で閉じて親子丼を夕飯に作ってきた。

「もらった食材で作ってきたんです。先輩も一緒に親子丼を食べますか?」

「親子丼?」

 先輩がそれはなんだ? と言う表情をした。あ、カリダ食堂のメニューにもまだなく、私もシエル先輩に作ったことがない料理。

「えーっと、簡単にいうと。お出しで一口大に切った鶏肉と薄切り玉ねぎを煮て、卵で閉じてご飯の上に乗せた料理だよ」

 キッチンの棚からお皿をだして、丼に並々に盛った親子丼を半分に分けた。先輩がテーブルに座るのを見て、親子丼の乗ったトレーを先輩の前に置く。
 
「お吸い物も作ったの食べてみて、後ね、お新香とサラダもあるから」

 と、どんぶりにはいったお吸い物と、中ぐらいのボールに入ったコールスローを、どんと前に置いた。

「これが吸い物? サラダか? また量が多いな」

「明日はお店の定休日だから、痛んじゃう野菜を全部貰って作ったの。これくらいなら、すぐ食べれちゃうからって。それより温かいうちに親子丼を食べてみてよ先輩」

「おう、いただきます……ん? う、うまっ、初めて食べる味だけど、美味い」

 一口食べて、箸が止まらず親子丼を口に運ぶ先輩。それを見て、私も前に座り食べはじめる。
 
「ううん、美味しい。卵は固くならずにとろとろで、鶏肉と玉ねぎにダシが染みていて美味しい」

「あぁ、美味い。ルーの卵焼きも好きだけど、親子丼もいいな」

 先輩は親子丼が気に入ったみたいで、ガツガツ食べている。フフッ、先輩は卵を使った料理が好きだと思うから――チキンライスにトロトロの卵を巻いた、オムライスなんでどうだろう。

 そうだ。

「ねぇ、先輩は暇なときってある?」
「ん? なんだ、急に」

「卵を使った、オムライスという料理があるんだけど、食べたてみたくないですか?」

「オムライス? どんな料理だ?」

 やった、先輩はオムライスも初めてみたい。

「あのね。鶏肉と玉ねぎを炒めてケチャップと、ご飯でチキンライスを作って。トロトロ卵で包んで、最後にその上にケチャップをかけて食べるの」

 先輩の箸が止まった。オムライスがどんな料理かを考えてるのかな? あ、その表情は……今の説明じゃ、オムライスがどんな料理か伝わんなかったみたい。

「明日の午後に時間を作るから。魔法屋のキッチンで、そのオムライスというものを作ってくれ」

「魔法屋で、明日のお昼にですか? いいですよ、作りにいきます」

 そしてら、また"美味しいっ"て食べてくれるかな。


 先輩と私はガッツリ親子丼を食べて、ボールにいっぱい作ったコールスロー、お吸い物もほとんど一緒に平らげ、食後の水出し紅茶を飲んでいた。

 先輩は胸元から取りだし懐中時計をみて、時刻も遅くなったから帰るかと「ごちそうさま」と立ち上がる。

 ――鍵で、帰りの扉を壁に開き。

「ルー、親子丼おいしかった――明日のオムライスも楽しみにしている」

「はい、楽しみにしてください」

「おっと、忘れていた。このなかにルーの服が入ってるから、それと髪飾りも返しておく」

 髪飾りと紙袋を渡された。これはハムスターになったときに着ていた服……か。紙袋をひらくと綺麗にたたまれた服の中に、その日に着けていた下着も入っていた。あちゃ、先輩に下着まで拾わせてしまった。

 ――恥ずかしさに、ポッと頬に熱が籠る。
 
「ありがとう、先輩」

「うん……じゃ、明日な。おやすみ、ルー」
「また明日ね。おやすみなさい、先輩」

 "お腹を出して寝るなよ"と、笑って、扉の中に消えていった。
< 44 / 60 >

この作品をシェア

pagetop