君の隣で歌いたい。
♢♢♢


「補導されたらどうすんだこの不良娘」

「保護者同伴だから平気でしょ」

「母さんに叱られるぞ」

 駅近のファミレスでハンバーグを崩す手を止めた。

 ジンジャーエール片手に柾輝くんは他人事のように母の話題に触れる。

 実の父が死んでからの一定期間、柾輝くんと母の仲は険悪だった。

 進路のことで揉めに揉め、二人は毎日言い争いをしていた気がする。

 その頃の柾輝くんには相談事なんてとてもできる雰囲気ではなかったけれど、今ではすっかり頼りっぱなしだ。

「久しぶりに他人と歌った」

 ぽつりとそうこぼすと柾輝くんは目を丸くする。

「それは――また、珍しいこった」

「ただの発声練習だけど。ほら、【linK】のことがバレた転校生とね。成り行きで。彼結構歌えるみたいでさ。……でもダメだった。私が止まっちゃった。私はまだ人と一緒に歌えないみたい」

 水の入ったグラスを握りしめる。ゆらゆらと動く水面に映るのは無表情の私。

「一歩前進、だな」

「え?」

「誰とも歌おうとしなかったお前が、気紛れでも声を合わせようとしたんだ。歌えなくなってた頃を考えれば、前進だろ?」

「それはまあ、そうだけど」

「俺はな、凛夏」柾輝くんはジンジャーエールを飲み干してから口を開く。

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