日給10万の結婚
「おーお姉さまのお帰りか」

 笑いながら立ち上がった男たちは、二人とも背が高く大男だった。一人はスキンヘッドの髭面、もう一人は馬顔の出っ歯だ。その様子に、つい私も後ろにたじろいだ。

「ど、どちら様ですか?」

 さすがに声が震える。髭面が答えた。

「弟くんには話をしたよ」

「勇太?」

「……ごめん、あまりに呼び鈴を鳴らしてドアを蹴るから開けちゃって……この人たち、金を返せ、って」

「金?」

 ぽかんとしてしまう。うちは貧乏だが、借金などは遠い存在だ。私も勇太も、そんな馬鹿なものには手を出さないと心に決めている。

 私は髭面の方に言った。多分、こっちの方が立場がそうだ、と勘が働いて。

「間違いです、うちには借金なんて」

「はいこれどうぞー」

 男は胸ポケットから一枚の紙を取り出し、私ににやつきながら見せつけた。しわくちゃになったペラペラの紙には、難しそうな言葉が羅列している。だが真っ先に私がとらえた文字は、手書きの部分だった。

 癖のある右肩上がりの字、見覚えのある名前。

「…………は」

 息が止まる。

「はい、服部幸太郎、君たちのお父さんだよね? 連絡取れないしー連帯保証人も飛んじゃったみたいだし、じゃあ子供たちに責任取ってもらわないと」

 行方知れずになっているあのクズ親父のサインだ。そしてそのすぐ近くに書かれた数字が目に入る。

 三と、ゼロが……七つ。

 一気に部屋が氷点下まで下がった気がした。だらだらと服の下に汗をかきまくる。それでも口から出した言葉はすっとぼけたものだ。

「違いますけど? うちの父親はそんな人じゃ」

「んー嘘はよくないね。俺たちに嘘ついてどうなると思う?」

 ずいっと顔を寄せられ笑われた。タバコのヤニで黄色く変色した歯に嫌悪感を覚える。ごまかすなんて無駄だ、とすぐに悟った自分は、ちらりと契約書と思われるものを目で追った。

 あのバカ親父がサインしたのは間違いない。でも、どこからどう見ても闇金で、無茶苦茶な利子が計算されてあのお金になったんじゃないだろうか。だとしたら不当な請求では? こういう時どうすればいいんだろう、一度誤魔化しておかえり頂き、警察か、弁護士とか……

 頭の中で必死に考えていると、突然強い力でぐいっと肩を掴まれた。馬の方の男だった。やつは凄んだ声で私に言う。
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