夫婦ごっこ
「奈央さん」

 甘い。本当に甘い。義昭の瞳も声も奈央に触れる手もすべて甘い。義昭は他に何を言うでもなく、奈央の名前を呼んでは甘く見つめてくる。これをされると奈央はいつも勘違いしてしまいそうになる。義昭も自分のことを好いてくれているのではないかと錯覚してしまいそうになる。目の前の彼は自分のものだと思い違いをしてしまいそうになる。

 奈央はその勘違いを正そうと毎晩必死に闘っているが、奈央の苦労などお構いないしで義昭はいつもいつも容赦なく攻めてくるのだ。繰り返し繰り返し優しく奈央の名を呼んで、奈央の理性の蓋を外そうとしてくる。そして、奈央がもうこれ以上は無理だというところまで来たら、義昭は奈央を力強く抱きしめ、「大丈夫」と奈央に言い聞かせてくるのだ。

 そこまでいったらもう奈央もただ耐えていることなんてできない。義昭の背に腕を回し、胸にたまった想いを吐き出すように「好き」だとこぼしてしまう。

 今日も何度も奈央の名を呼んでくるから、どんどん気持ちが昂ってしまう。義昭は目をそらすことを絶対に許してくれないから、義昭の甘い視線に奈央の心も甘く疼いていく。そうしてもう奈央の気持ちが爆発してしまいそうになった頃、義昭はいつものように奈央をグッと胸元へ引き寄せ強く抱きしめてきた。

「奈央さん、大丈夫だよ。絶対に大丈夫だからね。僕のこと信じて、僕のそばにいてね。絶対に大丈夫だから」
「うん。好きだよ、義昭さん。好き」

 あの日から義昭は頻繁に奈央に「大丈夫」だと伝えてくる。ただ「大丈夫」としか言わないから、何に対して言っているのかはわからないが、それでも義昭に言われれば、不思議と大丈夫だと思えた。このままここにいてもいいのだとそう思えた。
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