夫婦ごっこ
 義昭が家に帰ってきたのは出かけてから一時間と少しが経った頃だった。すぐに帰ってくるとは言っていたが、ここまで早いとは思わなかった。義昭の早い帰宅に驚きつつも、玄関まで出迎えに行けば、義昭に勢いよく抱きつかれて、さらに驚いてしまった。

「奈央さん、ただいま。待たせてごめんね! 待っててくれてありがとう!」

 一時間程度で随分と大袈裟だ。留守番のできない子供じゃあるまいに、謝罪も感謝も必要ないだろう。あまりにもおかしな義昭に奈央は思わず笑いをこぼしていた。

「ふふ、そんなに待ってないよ?」
「ううん、たくさん待たせたから」
「一時間くらいしか経ってないよ?」
「そうじゃないんだよ。奈央さん、手洗ってくるから、ちょっとリビングで待っててくれる?」

 義昭に言われた通りリビングの椅子に座って待っていると、あとから義昭もやってきて奈央の横へ座ってきた。正面ではなく横に座ってきたことに驚いたが、ここ最近の義昭の様子を思えば、今はこれが彼の普通なのだとそう思った。けれど、義昭が奈央の両手を取って優しく握り、やたらと強い瞳で奈央のことを見つめてきたから、これは何かいつもと違うようだとわかった。

「奈央さん。今から言うことよく聞いて?」
「うん」
「ちゃんと聞くんだよ?」
「うん?」

 大事な話らしいと感じて奈央は義昭に体ごと向き直った。義昭の真剣な表情に心拍数が跳ね上がる。奈央は瞬時にこれから義昭が言おうとしていることをあれこれと考えてしまい、強い緊張感に襲われた。奈央の気持ちには応えられないとか、別れようとか、そういうネガティブな内容が思い浮かんでしまう。彼の言葉を聞くのが怖い。奈央がそう感じはじめたところで義昭が口を開くのが目に入った。もう怖くて耳を塞いでしまいたい。でも、両手を握られていてそれはできない。仕方なしに覚悟して、彼の言葉に耳を傾ければ、彼から放たれた言葉はまったく予想もしていなかったものだった。
< 153 / 174 >

この作品をシェア

pagetop