夫婦ごっこ
 それなのに、由紀の一言で一気に現実に引き戻されてしまった。

「ねえ、お姉ちゃんも一緒にご飯行くでしょ?」
「え、私はいいよ。夕飯にはまだ少し早いし、二人でデート楽しんできなよ」
「でも、お姉ちゃんと会うほうが久しぶりだし」
「別に私とだっていつでも会えるでしょうが。今度どこかご飯連れていくから、今日は二人で行っといでよ」

 由紀と二人だけで行くのなら何の問題もない。でも、修平がいるなら話は別だ。せっかく楽しい気分になれたというのに、わざわざそんな地獄に自分から飛び込みたくなどない。けれど、由紀は少しも納得していないようでまだ渋っている。

「でも……お姉ちゃんと行けるの楽しみにしてたし」
「奈央、気にしなくていいからお前も来いよ。別にお前のこと邪魔なんて思わないから」

 これだから嫌になる。修平は気遣う方向を間違えている。こういうところで変な正義感を振りかざさないでほしい。二人に遠慮なんてしていない。ただ二人と一緒にいたくないだけだ。そうはっきり言ってしまえたら楽なのに、二人を傷つけるそんな言葉を奈央が言えるわけなかった。

 結局つらいのを承知で、また由紀の頼みを聞いてやらねばならないのかと気が沈んでくる。奈央は二人に気づかれないように小さくため息をこぼし、「わかった」と承諾の意を示そうとした。けれど、それよりもほんの少しだけ早いタイミングで、後ろからおずおずと声をかけられた。
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