夫婦ごっこ
「あの……奈央さん」
「はい? あ、生方さん」

 振り返れば、如何にも申し訳ないといった表情をした義昭がすぐ後ろに立っていた。

「今日はありがとうございました。もしご迷惑でなかったら、連絡先を交換してもらえませんか? せっかく同じ趣味の方を見つけたので、情報交換などできたらと」
「あー、いいですね! ぜひ!」

 嬉しい提案に奈央は少しだけ気を持ち直した。このイベントを通して、奈央は義昭にかなりの好印象を抱いていたし、謎解き力もなかなかのものだったから、趣味仲間としてお近づきになれるのは嬉しいことこの上ない。奈央にとっては連絡先の交換は珍しいことだが、彼ならいいだろうと今日は躊躇せずにそれに応じた。

「ありがとうございます。奈央さん。もしお時間あったら、このあとどこかでお話でもしませんか? イベント前にされていたお話をもう少し聞きたくて」

 普段ならこういった類の誘いには絶対に乗らない。変なことに巻き込まれるのは嫌だし、純粋な好意で誘ってくれているとしても自分がそれに応えられることは決してないから、男性からの誘いには乗らないことにしている。

 でも、今の奈央にはその申し出がありがたかった。そこに逃げ込みたかったのだ。それに義昭には少しの下心も感じなかったし、善意で言ってくれたような気がしたから、奈央はその誘いに乗ってもいいかと思った。
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