妖帝と結ぶは最愛の契り
***

 不機嫌そうな父と妹の表情。
 それは平民として生きてきた間ずっと見ていたもので……。
 一瞬、今までのことが全部夢だったのではないかと錯覚してしまう。

 心穏やかな日々。
 身籠り、愛されるということを知り、守りたいと強く思った。

 それらの大切なことが父と春音の顔を見ただけで夢幻のように儚く消えそうな感覚に陥る。

「とう、さん?」
「ふん、ちゃんと覚えているじゃないか。こんなところにいて、親の顔を忘れたのかと思ったぞ?」

 不機嫌に皮肉を口にする様はやはり父だ。
 美鶴を我が子とも思っていなかったことを棚に上げる傲慢さも、父そのものだった。

「何でもいいから、帰るわよ姉さん。姉さんがいなくなってから母さんが大変なことになったんだから」
「え……?」

 母のことを面倒そうに語る春音に、一体何があったのかと戸惑う。
 仲の良い母子であった二人。このようにうんざりした様子で語られるようになるとは。

「大門の火事の後、お前はいなくなった。死人はいないと聞いたが、状況的に死んだと判断した」

 淡々と語る父の様子を見るに、父本人はやはり自分が死んだとなっても特に何も思わなかったのだなと知った。
 それを寂しいと思うくらいには、かつての家族を美化していたのかもしれない。
 愛されていたときもあったのだ、と。
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