妖帝と結ぶは最愛の契り
 変えられぬ過去を思い悩んでなどいられない。
 大切なのは今と未来だ。
 今の自分は幸せであり、その幸せが未来まで続くための選択をする。

 今の幸せを形作っているのは弧月だ。
 彼の方無くして自分の幸福はあり得ない。

 水と油だった、恨みたい気持ちと愛しいという感情。
 恨みはやはり消えないが、小さくなり愛情が包み込む。

 そうして、美鶴は決意した。
 今の幸福を形作る全てのものを愛し守ろうと。

「いいえ……いいえ、戻りません。私の居場所はここです。帰る場所は弧月様のお側以外にありません」

 決意を言葉に込めて、足に力を入れる。
 天に引かれるように背を伸ばし、真っ直ぐ金の目を睨み返した。

 もう一時たりとも迷わない。

「私は妖帝・弧月様の妻にしてその御子の母。今の私を形作るものは、それが全てです」
「……愚かなっ!」

 途端、憐憫(れんびん)の情を張り付けていた碧雲の顔に憎しみの色が戻る。
 今この瞬間、碧雲にとって美鶴は憐れむべき弱き者ではなく敵となった。

「力を与えられただけの平民風情が……今すぐ腹の子ごと殺してもいいのだぞ?」

 地を這うような低い声に気圧(けお)されそうになる。だが、迷わないと決めた。
 美鶴は負けぬように顎を引き、揺るがぬ意思を視線に込める。

「そんな! それでは話が違います」

 叫んだのは父だ。
 碧雲の殺気を感じ取ったのかもしれない。

「ならばさっさと連れて行くのだな。目障りだ」
「は、はは! そら、早く行くぞ美鶴」
「いやっ!」

 慌てて引く父に抵抗すると、黙って見ていた春音も近付いて来た。
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