妖帝と結ぶは最愛の契り
 何より、弧月は掴む美鶴の腕を離すつもりがないらしい。
 強く掴まれているわけではないが、簡単に逃れられるほど弱くもない。
 何より、もう片方の手が優しくではあるが美鶴の腰に回された。

「あ、あ、あのっ……!」

 鼓動がさらに早くなり、顔が熱を持つ。
 あまりにも熱くて、目が回りそうだった。

「落ち着け、このような場所で取って食ったりなどせぬ。……だが、俺の妻となる女をよく知っておきたい」

 あまりの慌てぶりに苦笑した弧月は、それでも美鶴を離すどころか囲い込む。
 今度は腰に回された手をそのままに、腕を掴んでいた手が頬に触れた。

「煤がついている。内裏に着いたらまずは身を清めなくてはならないな」
「あ、も、申し訳ありません」

 謝りながら、汚れているのだから尚更近付くわけにはいかないと離れようとする。
 軽く胸板を押し逃れようとするが、まるで逃がさぬというように腰を強く抱かれた。

「しゅ、主上⁉」
「逃げるな、ここにいろ」

 優しい声音だが有無を言わせぬ命令に離れることは叶わないのだと知る。
 だが、ただでさえみすぼらしい身なりをしている自分を抱き締めてもいいことがあるとは思えない。
 特に今は土と煤で汚れてしまっている。上質な衣を汚してしまうだけではないだろうか?

「あの、やはり離してくださいませ。汚れてしまいます」
「そんなもの……火事の中を走ったのだ、俺とて汚れている」

 お互い様だと言う弧月に、美鶴はどうしたらいいのか本当に分からなくなる。
 離れる理由を消されて弧月の腕の中にいることに困惑しか湧いてこない。
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