姐さんって、呼ばないで

「ごめん」
「……ん?」
「前に今と同じ体勢で、泣いてる私に『ごめん』って言いませんでした?」
「………ッ?!!思い出したのか?!」

仁さんは目を見開いて飛び起きた。

「分かりません、一瞬過っただけで。でも、何となくそんな気がして」
「何となくじゃない。俺はちゃんと覚えてるよ」

脳裏に思い浮かんだ光景は、実際過去にあったものらしい。

雨の日に、捨て猫に傘を傾ける彼の横顔。
彼と喧嘩でもしたのか、『ごめん』と言った彼の切なそうな顔。

朧げだけど、夢でないことに嬉しさが込み上げる。

「『ごめん』の後のことは?」
「……あと?」
「ん」
「……何も」

何も思い出せなくて、顔を横に振る。

「じゃあ、何で俺が『ごめん』って言ったのかは?」
「……ううん」
「そっか」
「でも……、この本宅()に泊まりに来たってのは分かります。この間食事した和室だったと思う」
「っ……そうだ、あの部屋だ」

私がほんの少しでも思い出したのが嬉しかったのか、ぎゅっと抱き締められた。

「あの日。……俺が小春との約束をすっぽかしたんだ」
「へ?」
「高田組って分かるか?そこの組のお嬢()の誕生会に呼ばれて…」
「……フフッ、浮気ですか」
「あ、いや、違うっ!」

慌てようが尋常じゃない。
組同士の付き合いは大事だと私でも分かる。
組長である父親の指示なら尚のこと。

何年前のことなのか分からないが、たぶんその時はそういう大人の事情が理解出来なかったのだろう。
泣いて暴れることで、彼への想いを伝えたかったのだろうから。

忘れてしまっている過去で、自分が彼をちゃんと『好き』だったことを知った。

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