姐さんって、呼ばないで
「隣り、いいか?」
「えっ、……あ、はい」
どの班も調理を終え、少し早い昼食タイムとなった。
仁はすかさず小春の隣りを確保し、Yシャツの襟をパタパタと翻す。
仁の家で宿題をした日。
思いがけないキスで距離が縮まったと思ったのに、なぜかまた振り出しに戻ったかのように敬語を使う小春。
ちょっとぎこちなくて、それでいて少し素っ気ない。
記憶を失っているのは理解しているが、懐かない子猫を手懐けている感覚に似てると思った。
*
「わぁっ、ホントだ!焼きうどんだと、もっちり感が全然違う!」
「生地自体が違くない?出汁が効いててめちゃくちゃ美味しい♪」
小春と同じ班の子達が次々に口にする。
「ったりめーよっ!桐生組のお好み焼きっつったら、筋者の中じゃ、並んででも買う価値があるって言われるほどっすよ」
「えぇ~そうなのッ!?」
「じゃあ、今度露天出す時、声かけて下さいっ!うちら買いに行きます!」
「おぅ」
俺の代わりに鉄が女子とフランクに会話する。
俺の護衛として付かせているが、本来の目的は他の生徒との潤滑剤として。
鉄は元々町工場の息子で、文武両道で育ったような奴。
親が株で大損し、会社の負債を桐生組が肩代わりした。
歳が一つ違いということもあって、俺の親父が話し相手にと鉄をあてがった。
その時からの縁。
根が素直で明るく、直ぐに周りとも打ち解けるような性格。
そんな鉄が、今ではなくてはならない存在になっている。
「味はどうだ?」
「……美味しいです」
「あっ、小春のだけ、エビやイカ多くない?」
「……そう?」
「私のなんて、もやしばっかり!」
「え、そうなの?」
(栗原の野郎、余計なこと口走りやがって。とっとと食いやがれ)
仁は素知らぬふりしてお好み焼きを口にした。