姐さんって、呼ばないで


桐生組の正門前に黒塗りの高級セダン車が停車する。
スキンヘッドのいかつい男が後部座席のドアを開けると、艶々に磨かれた革靴がスッと現れた。

「お疲れ様です」
「小春は?」
「仁さんっ!!」
「っ……」

仁が正門をくぐったと同時に、玄関の方から物凄い勢いで小春が駆けて来る。

「んっ」

勢いのままに、小春は仁に飛びついて来た。

「熱烈な歓迎だな」

小春が記憶を失って、触れることすら躊躇う日々だったのに、彼女の方から飛びついて来るとは……。

「もうっ、心配したんですからねっ!」
「心配?」
「そうですよっ!学校で凄い噂になってて…」
「とりあえず、部屋に」
(とも)、離れに茶持って来い」
「はい」

スキンヘッドがトレードマークの朋宏(ともひろ)
一年ほど前に桐生組に入った新入りで、雑用係をしている。

仁は敷地の東側にある離れに小春を通す。
普段は客人の居室として使われるそこは枯山水の内庭が見事で、極道という下界とは切り離されたような場所。

「失礼します」
「そこに置いとけ」
「…はい」

襖の内側にお茶が置かれ、静かに襖が閉められた。
小春はそのお茶を一枚板の座卓の上に置く。

「学校で俺らの噂が?」
「はい。……抗争で大怪我したとか、要らぬ噂が広まってて」
「あ~なるほどな。だから、心配したってわけか」

連絡を貰えれば返信くらいできた。
けれど、小春からメールが送られて来ることはなく。
記憶を失って以来、二人の間に隔たりがあるのは事実。

あの事故の時にスマホが壊れ、記憶を失ったこともあって、彼女の両親が新しく買い与えた。
だから、今彼女が手にしているスマホには、俺との過去のやり取りはもちろん、写真一枚ですら入っていない。

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