姐さんって、呼ばないで

「悪かったな、心配させて。見ての通り、俺は何ともない」
「……無事ならいいんです」

安堵したような表情を浮かべる小春。
視線を手元に落とし、パッと顔を持ち上げた。

「これ、よかったら」
「……ん?お守り?」
「はい。あまり上手じゃないですけど」

彼女が差し出したのは、笹の葉の文様の生地で作られたお守り。
笹の葉は厳冬でも生命力が強く、青々と茂るということから『不老不死』の象徴として用いられる。

「ありがとな」
「それと、今週の分のノート、仁さんと鉄さんの分纏めてあるので」

スッと卓上に差し出されたクリアファイル。
結構な枚数のコピー用紙が入っている。

「サンキュ」
「じゃあ、私、帰りますね」
「えっ、もう帰るのか?」
「……はい。両親が心配すると思うので」

立ち上がった小春は、ペコっと会釈し踵を返した。

「待って」

帰ろうとする小春の腕を掴んだ。

「せっかく来たんだから、もう少しだけ」

戸惑う小春を背後から抱き締めた。

記憶を失っている彼女が俺に会いに来ること自体、奇跡に近い。
この半年、どんなにこの瞬間を待っていたか。

ぎこちない表情からして、完全に思い出したのではないのだろう。
けれど、確実に何かが変わり始めてる気がする。

頼む、拒絶しないでくれ。
俺との過去を思い出さなくてもいい。

『桐生 仁』という人間が、小春にとって唯一の男になれるなら、過去なんてどうでもいい。
想い出はまた一から作ればいいし、何度でも惚れさせてみせる。

「小春、……俺を好きになれ」

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