氷の女と呼ばれた私が、クソガキ御曹司に身も心も溶かされるまで。
そう言って、タキシード姿の男の子が大声で宣言した瞬間、今まで流麗な演奏を続けていたピアニストが盛大に音を外した。
そのマヌケ音につられて、私も思わず膝から崩れ落ちそうになる。
しかし、何とか耐えた。
下を見ると、私の顔をジッと見上げる12歳かそこらの男の子と目が合う。
どうやらこの小さな男の子が、私の今夜の見合い相手らしい。
信じれられん。阿良々木の奴、一体何を考えてるんだ。
事態を上手く飲み込めず、半ば放心状態で突っ立つ私に、少年がスッと椅子を引いてくれた。
紳士だ。しかし、まだ子供だ。
「フッ、今夜は帰さないんだぜ!」
それも、生意気なクソガキだ。
調子を取り戻したピアニストが演奏を再開し、ロマンチックな夜景を眼下に望みながら、世にもヘンテコな見合いが始まる。
いや、相手の幼さを鑑みれば、これは見合い『ごっこ』と言うべきか。
支配人が真面目腐った顔で彼のグラスに注ぐ赤紫の液体は、恐らくファンタグレープあたりだろう。