いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
「誘ってもらえて嬉しいんだけど……」

 咲乃が穏やかに断ると、悠真は肩をすくめた。

「あー、はいはい。気が向いたら来いよ。いつでも仲間に入れてやるからさ」




 休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、担任の増田が教室に入って来た。咲乃は教材を机の上に出し、自分のタブレットPCを操作する。

 咲乃がクラスの中で自由に立ち振る舞えるのも、結局は悠真のルール内で許されているからに過ぎない。一部の男子生徒の中には、咲乃に対して反発心を抱く者もいる。それは村上に限ったことではなかった。悠真が咲乃を切るのを、今か今かと待ちわびている。現状、このクラスに咲乃の味方はいない。

 突然大きな音がして、咲乃はタブレットPC から顔を上げた。女子生徒が立ち上がった勢いで椅子が倒れたようだ。

「いい加減にしてっ!」

 女子生徒が金切り声を上げて叫んだ。板書していた増田が振り返り、驚いて女子生徒を見た。

「どうした、安藤。何かあったか?」

「さっきからコソコソ人の陰口ばっかりうるせぇんだよ!」

 安藤、と呼ばれた女子生徒が大声で喚く。教室中がどよめき、増田は焦った様子で彼女に歩み寄った。

「安藤、落ち着け。一体どうしたんだ」

「先生、高木さんたちがスマホで人の悪口書いてます。注意してください!」

 安藤が、震える手で高木を指さした。

「はぁ? 意味わかんない。あたし、普通に授業聞いてただけなんだけど」

 高木はウザそうに鼻を鳴らした。しかし咲乃は、彼女が直前にスマホを机の中に隠すのを見ていた。スマホをいじっていたのは本当だろう。一方で、友人たちと一緒に、安藤の陰口を叩いていたのかまでは定かではない。

 増田は呆れつつ、高木を睨んだ。

「おい、高木。授業中のスマホは禁止だぞ。ちゃんとカバンの中にしまえ」

 注意された高木は、不満げに舌を鳴らしてカバンの中にスマホをしまった。事は済んだと、増田が再び板書に戻る。しかし、安藤は一人愕然として立ちすくんでいた。

「……それだけですか……?」

 小さく呟いた言葉は、どこか取り残され、見捨てられて置いてきぼりにされたような絶望感があった。

「本当にそれだけですか? ちゃんと注意してください。休み時間からずっと人の悪口言ってるんですよ? スマホしまえば良いって話じゃないでしょう!?」

 授業に戻ろうとしたのを阻害されて、増田はうんざりした表情をした。

「高木、安藤の悪口言ってたのか?」

「あたし、何も言ってません。被害妄想やめてくれる?」

 高木が声を荒げて言った。安藤の方を、今にも殺してやりたいとばかりに睨んでいる。

「幻聴でも聞こえてたんじゃないのー」

「こわ」

 女子たちの囁く声と漏れだす笑い声。増田は苛立たし気に頭を振って「やめなさい」と一喝した。そして、ようやく静かになってから、改めて安藤に向き直った。

「あのな、安藤。スマホのことを報告してくれたことは有難いが、悪口を言われてるというのは思い込みすぎじゃないか?」

 増田は安藤に落ち着くよう言い含めると、安藤は困惑して目を剥いた。

「は……? でも、休み時間中もずっと言われてましたし、さっきもこっちをちらちら見てたんです。証拠なら、高木さんたちからスマホを取り上げて、LINEでも確認すればいいじゃないですか!」

「何があっても、他人(ひと)のスマホを勝手に見るのはだめだ。安藤、いいから落ち着け。今は授業中なんだぞ。あまり騒ぐと、みんなの迷惑になる」

「迷惑……? みんなが迷惑? あたしは、高木さんたちに迷惑をかけられているのに……?」

 安藤は巨大すぎる理不尽に直面して、今にも発狂しそうなほど愕然としていた。人間であるはずの増田が、何か違う脳を持った異生物のように思えた。話が全く通じない。焦燥感だけが募って吐き気がする。

「どうして、どうしてですか? もとはと言えば高木さんが嫌がらせしてくるから、こんなことが起こってるんですよ。被害者はあたしなのに、なんでみんなのために黙らなきゃいけないんですか!?」

「いいかげんにしろ、安藤!」

 増田に怒鳴られ、気圧された安藤が口をつぐんだ。

「今年お前は受験生なんだぞ。みんな勉強に集中するべき時に、お前のせいで授業が止まってるんだ。少しは考えなさい!」

 安藤は今にも泣きだしそうなのを必死でこらえていた。増田が、気を取り直して授業を進める。高木のことをきちんと注意してほしい安藤と、問題なく授業を続けたい増田の、一向に交わらない話の行先には、ただ漫然とした不毛があるだけだった。
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