いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
 他人の家に上がったのって、いつぶりだっけ。ちなちゃんの家に遊びに行った事は何度もあるけれど、男子に家に招かれる経験なんて一切ない。失礼のないようにしなきゃ。粗相なんて、絶対あってはいけない。

 篠原くんに促されるまま、家の中に足を踏み入れた。靴箱の上に置かれた芳香剤の、柑橘系とミントの爽やかな香りがほのかに香る。玄関はきれいに片付けられていて、靴が置きっぱなしになっていることはない。

「どうぞ、遠慮せずに上がってね」

「は、はい。失礼します!」

 靴を脱いで、きちんとそろえて置く。いつも自分の家ではやらないけど、篠原くんのおうちではきちんとしなきゃ。

 篠原くんに案内されるまま、リビングにとおされた。

「飲み物をもってくるから、座って待っててね」

「あっ、はい、どうも……」

 篠原くんに言われるまま、ソファに座った。篠原くんがお湯を沸かしている間、そわそわ落ち着かない気持ちで周囲を見回した。

 リビングはダイニングキッチンになっており、ウッドベージュのカウンターのすぐそばには、テーブルが置かれている。カーテンやソファー、椅子はライトグレーで統一されていて、部屋の隅には、観葉植物が飾られていた。
 一見して、優しい雰囲気のリビングだと思った。おしゃれなインテリアとか、凝った照明とかは無いけれど、フローリングの床はピカピカで清潔感があって、掃除が行き届いているのがわかる。うちの、ごちゃごちゃいろんなものが飾られたリビングとは違う。なんというか、篠原くんの家(・・・・・)って感じがする。篠原くん、おじさんと一緒に暮らしてるんだっけ。すごくきれい好きなおじさんなんだな。

 落ち着かない気持ちのまま待っていると、篠原くんがマグカップにココアをいれて持ってきてくれた。

「叔父さんは仕事で出かけてるから、気にせずにくつろいでね」

「はっ、はいっ!」

 くつろげと言われても。ソファはふかふかで座り心地はいいんだけど、肩や背中に変な力が入っているのが自分でもわかるくらいには緊張している。篠原くんの家に招待されているこの状況が信じられない。大丈夫かな。スリッパ借りちゃってるけど、わたしの足臭くないかな。

 篠原くんは、わたしのとなりに座った。静かに距離をとる。ふんわり湯気の立ち上るココアのはいったマグカップを手にして、やけどしないようにゆっくりと口を付けた。

 ちょっとほっとする。ココアうまい。

「津田さんって、俺が怖いでしょ」

 いきなり変なことを言って驚かせるから、危うく唇をやけどしそうになった。

「そ、そんなことないです!」

 全力で首を振って否定していると、篠原くんは疑うように目を細めた。

「うそ。俺に遠慮してる。いつまでたっても敬語だし」

「そ、それは……。篠原くんには、いつもお世話になってて感謝しているので……、(おそ)れ多いというか……」

「畏れ多い……?」

 篠原くんは、不愉快そうにわたしから視線を外した。

「畏れ多いなんて、そんな風に思ってほしくはないけど」

 畏れ多いって、悪い意味で言ったつもりはないんだけどな。篠原くんには本当に感謝しているし、尊敬しているからこそ思っているのに。

 居た堪れない気持ちで、わたしは自分の手の中にあるマグカップの中を覗き込んだ。ご褒美がもらえると聞いたから着いて来たのに、何なんだろうこの空気……。お家帰りたい。 

「俺のこと、まだ信用できない?」

「えっ、し、してますよ!」

 驚いて顔を上げる。篠原くんは、困ったように眉を下げて笑った。

「それはどうかな」

 うわべだけの否定はあっさり見抜かれて、わたしは言うべき言葉を失った。

「前よりは話してくれるようになった。けど、信用まではされていないんだろうなって思ってる」

「……」

 何も応えられずに、うつむいた。すべて、篠原くんの言ったことは図星だった。わたしは篠原くんを未だに怖いと思ってるし、心からは信用していない。篠原くんには、色々感謝はしているけど……。

「津田さんって、どうして俺が津田さんに関わろうとするのか、聞かないね」
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