いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
 結子の瞳に移った咲乃の瞳は――暗い。ただ、無感情に、結子を見つめている。結子が知っていた、咲乃の暖かな瞳とは違いすぎて、まるで別人の瞳の中を見つめているようだ。
 その瞳を見た瞬間、サッと結子の身体の体温が下がった。目の前の人は、初めて転校してきた時の彼とも違う。もっと別の、別の何かだ。

「それって、自分は何の努力しなくても勝手に好きになってくれて、自分だけに尽くしてくれて、自分の代わりに矢面になってかばってくれて、自分の傷を全部背負ってくれるような人?」

「ち、ちがっ――」

「違うかな」

 結子が否定しようとすると、咲乃に鋭く遮られた。

「中本さん、本当は自分に自信がないから、そのままでいいよって肯定してもらいたいだけだよね」

 結子は何も言えないまま、茫然と咲乃の言葉を聞き入れていた。
 咲乃の言葉が信じられなくて、受け入れられなくて、聞きたくないと思っているのに、抵抗できない。

「寂しいから、寂しさを埋めてほしいだけ。自分が嫌いだから、代わりに好きになってほしいだけ。誰も認めてくれないから、代わりに認めてほしいだけ。優しくしてほしいから、優しくしてくれる人が欲しいだけ――」

 咲乃の声はとても優しくきれいだったが、とても冷たく残酷で、結子の心臓をえぐり、空いた穴から体温を奪っていくようだ。

「好きな人に嫌いなものを押し付けて、自分は楽になりたいなんて。俺はそんな、中本さんの都合のいい王子様(虚像)になるつもりはないよ」

「……」

 否定したいのに、言葉が出てこない。

「自分の弱さを押し付けさえできれば」

 彼のなめらかな指先が、結子の耳元の髪を掻き分けた。

「本当は、俺じゃなくても良かったんだ」

 気付けば咲乃の頬に平手打ちをしていた。

 悲しみと怒りがぐちゃぐちゃになって、言葉は出てこない。目の前の好きだった人を、信じられない想いで見つめて、結子はその場から逃げ出した。





 叩かれた頬に手を当てると、叩かれた場所は、僅かに熱を帯びていた。
 わかっていた。咲乃に想いを寄せる結子の気持ちは。全て理解した上で、近づいて、利用して、傷つけた。
 結局、自分はこんなやり方しかできない。何が変わりたいだ。何も変わっていない。変わろうともしてないじゃないか。わかってる。でも。

 ――終わらせなきゃ。

 ギリッと奥歯を噛み締めると、咲乃は立ち上がり、かばんを拾った。
 小さく息を吐く。何も感じないまま、その場を後にしようとした。
 外で山口さんが待っている。――とその時、咲乃はブレザーのポケットの中が震えているのに気付いた。

 ポケットからスマホを出す。画面の「津田成海」の表示を見た時、咲乃は驚いて目を見張った。

 連絡のやり取りは主にメッセージが主で、成海からかけて来たことは今まで一度もない。
 思い当たる用事もなく、タイミングがタイミングなだけに出るのを躊躇う。しかし、無視をするのも気が引けて、咲乃は通話ボタンを押した。

「どうし――」

『もうぅぅっ、むりぃいいいいーー!!!!!』

 突然の大音声に、咲乃は慌ててスマホを耳から離した。音量を下げて、改めてスマホを耳につける。

「津田さん、どうし」

『ひどいですよ、篠原くんは! 毎日毎日、大量の宿題だけを渡されて、次のテストに向けた勉強も並行しろだなんて!! 受験生でもないのに、毎日どんだけ勉強させるつもりなんですか!? こっちは引きこもりの不登校生なんですよ!?? 意地や根性なんて皆無なんです! ヘタレのクソ人間なんです!! なに過大な期待してくれちゃってるんですか!!!!』

「つ、津田さん?!」

 思わず声が上ずった。電話の向こうではかなりご立腹のようだ。どうやら、課題を与えすぎてしまったらしい。

 手紙の件があってから、咲乃は成海の家に行くのを控えるようにしていた。万が一尾行されていて、成海の家に通っているのを知られたら、成海にも被害が出る危険があったためだ。その間の勉強会は、ビデオ通話で行っていた。

 リモートでつなげば、成海の家への移動時間が短縮されるため、いつもより勉強時間を増やすことができる。卒業までに、今の授業進度に追いつくこと、中学1年生分のまき直しや、社会や理解などの科目を増やすことも考えると、今までの勉強量だけでは足りない。次のテストも受けさせたい。必然的に勉強時間と課題の量も多くなる。

 それに加え、最近は勉強ばかりで、ろくにコミュニケーションも取れていなかった。成海の部屋で勉強していた時は、休憩中に雑談したりして、無理をしていないか様子を見ながら進められたが、何事も断れない性格の彼女は、我慢に我慢を重ねたあげく、ついに限界を迎えたようだった。
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