いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
「なぜ?」

「えっ……?」

「なぜ中本さんは、俺が山口さんと行ってはダメだと思うの?」

 静かに尋ねた咲乃の言葉が意外で、彩美は息を呑んだ。咲乃は無条件に、結子の気持ちを受け入れるだろうと思っていたから。

「……そ、それは……」

 結子にとっても、咲乃の言葉は予想していなかったのだろう。顔を上げた表情には、戸惑いの色がある。
 結子は胸の痛みを抑えるように胸元で両手を握って、咲乃をまっすぐに見据えた。

「し……篠原くんのことが好きだから……っ!」

 悲痛に滲んだ声に、いつもの弱々しい響きはない。
 結子は決意するように、真っ直ぐ咲乃を見つめた。

「篠原くんが転校してきて、初めて会った時から。ずっと、ずっと――篠原くんのことが好きだった、から……」

 結子の膝が震えている。本当は怖くてたまらないのだ。

「私、ずっと篠原くんと話したかったの。篠原くんとは、一生関わることなく卒業するんだって、思ってた。なのに、篠原くんは私に気付いてくれた。こんな私に優しくしてくれて、山口さんからも守ってくれて……。せっかく仲良くなれたのに、それなのに、山口さんなんかに取られたくない! 山口さんと行っちゃイヤ!!」

 結子は力の限り叫んだ後、その場にしゃがみ込んで泣いた。

 咲乃が結子の方へ行ってしまう。彩美はどうしたら良いのか分からずに立ちすくんだ。

 咲乃を引き止めるために伸びた手が、宙を彷徨う。だが、彩美に咲乃を止めることなんて出来ない。結子をなだめられるのは、彼だけだと分かっていたから。

 いつも彼は、他の女子と違う態度で結子に接していた。結子のことが好きなのかと勘繰ってしまうほど。それは結子を侮っていた彩美には、思いもよらないことだった。

 恐れていた事が現実になってしまう。この瞬間に終わってしまう。自分の気持ちが、彼への想いが――。

「山口さん」

 咲乃は振り返ることなく、彩美に言った。

「先に校門の前で待っていてくれる?」

 本当は二人きりにしたくない。しかし、ここにいても自分が出来ることは何もない。

「……わかった。外で待ってるね」

 彩美は悲しみを押し殺して、笑顔で頷いた。






 結子の傍で、咲乃が膝をついたのがわかった。収まらない感情に嗚咽を漏らしながら泣きじゃくる結子の頭に、暖かい温もりが載る。小さな子供をなだめるように優しく頭を撫でられる感触がして、結子は自分でも、気持ちが落ち着いてくるのが分かった。

 篠原くんが、私を選んでくれた。結子の心に喜びが湧き上がる。勝ったのだ、山口彩美に。恋愛小説の主人公みたいに、美人で意地悪な敵役(ライバル)に勝ったのだ。

「中本さん、本当に俺が好き?」

 静かに尋ねる咲乃の声がして、結子は顔を上げた。美しく穏やかな彼の顔が、結子の顔を覗き込むようにして見つめている。結子は、咲乃の静かに揺らめく瞳を見つめて頷いた。

「うん……好き、大好き」

 改めて言うのはすごく照れた。それでも、咲乃に伝えらえることが嬉しかった。
 結子は頬を赤らめて、視線を下げた。窓から降り注ぐ光を背負って光り輝く彼を見つめ続けるのは、流石に恥ずかしかったのだ。

 結子の頬に咲乃の指が触れる。強制されたわけではないのに、逸らした顔は直され、自然と咲乃の方へ向いた。心臓がうるさいほどに高鳴っている。身体が熱い。結子の瞳に、淡く熱が灯る。

「中本さんが俺を好きでいてくれている理由って、俺が中本さんの理想の王子様みたいだったから?」

「……えっ?」

 咲乃から出た言葉は、結子の想像もしていない言葉だった。

 確かに咲乃を好きになった切っ掛けは一目ぼれだったし、王子様みたいだと思っていた。だが、まさか咲乃の口から、そんな風に聞かれるとは思っていない。

 結子は困惑して、咲乃を見つめた。どうしてこんな時に、そんなことを聞くのか理解できなかった。

「いつも優しくしてくれて、ありのままの自分を愛してくれて、自分のことを守ってくれて、いつまでも永遠に愛してくれそうだったから?」

「……え……えっ……?」

 なんでそんなことを言うんだろう。篠原くんは、私のことを受け入れてくれたわけじゃなかったの?
 結子は、思わぬ展開に思考が止まったまま、咲乃を見つめ続けた。
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