いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
「何か買うの?」

 えっ、篠原くん、お土産屋さんに寄らないの? そんな、信じられない。お土産屋さんも観てこその水族館だろ。水族館に来たらお土産屋も見たくなるだろ。お土産を買わずして、水族館に行ったと言えるだろうか。答えは否だ。

「篠原くんも、おじさんにお土産買ってあげればいいじゃないですか。多分、喜ぶと思いますよ?」

「お土産を買うと荷物になるし、邪魔にならない?」

 お土産を買うことを無駄だと思っているだと!? お土産は選ぶ時も貰った時も楽しいものなのに、もったいないな。

「思い出の品くらいはいいじゃないですか。ほら、にじいろまんじゅうだって。こっちはエンゼルフィッシュせんべい。クラゲグミもありますよ」

「俺には津田さんが食べたいだけに見えるけど?」

 確かに、お土産を選ぶときって自分が食べたいもの選んじゃうな。あ、このイルカチョコレート、自分用に買おう。





 水族館を出た後は、噴水広場のベンチに座って一休みすることにした。さっそく、買ったばかりのイルカチョコレートの箱を開く。

「津田さん、それ今食べるの?」

「食べますよ、もちろん」

 甘いものを食べようとするたびに、にっこり顔で圧かけてくるのやめてほしい。

「篠原くんも、よければどうぞ」

「俺はいいよ」

 そうですか。

 噴水広場には、家族連れが多く来ていた。やんちゃなこどもたちが、噴水の周りを走り回っている。すごく平和な光景だ。
水の流れる音を聞きながら、穏やかに流れる時間が心地よくて、わたしはぼーと噴水広場を眺めていた。

「津田さん、別室登校って聞いたことある?」

 突然、そう切り出されて、わたしは身を固くした。学校の話をされると、胃が縮むみたいな感じがして居心地が悪くなる。

「……ない、ですね」

 わたしは息がつまるような思いをしながら、何とか首を横に振った。

「増田先生と話していたんだ。スクールカウンセラーの先生が、週に2回いらっしゃるから、その時だけでも相談室に来られないだろうかって」

「……」

「1回でもいいから、俺と一緒に行ってみない?」

「……」

 顔を窺うような、気づかわし気な篠原くんの視線が伝わってくる。自分が今どんな顔をしているのか、わたしには分からなかった。出来ればあまり見てほしくないな。だって、きっと今、酷い顔をしているだろうから。

「……篠原くんは……」

 言葉が、喉のあたりで突っかかる。声が震えた。

「……復学、してほしいんですか……?」

「津田さんが嫌なら、俺は急がなくてもいいと思ってる」

 篠原くんは、穏やかな優しい声で言った。いつもなら安心できたその声に、まさか心を抉られることがあろうとは、思ってもみなかった。

「津田さんには、津田さんのタイミングがあるし――」

「わかりました」

 篠原くんの言葉を遮って、わたしは目も合わせないまま頷いた。

「本当に……? でも、津田さん……」

 篠原くんの声には、心配と動揺が入り混じったような響きがあった。わたしの感情を察して、探るように尋ねる。わたしは、冷ややかに応えた。

「行きますよ。どうせ、もう決まってるんですよね?」

「……津田さん、イヤなら別に――」

「わたしは、行くって言いました。もう決まったことならいいじゃないですか!」

 今更、わたしの顔色を窺う篠原くんに腹が立った。だって、はじめからわたしに決定権なんて与えられてない。

「篠原くんだって、復学してほしいんですよね? また、勝手に先生と話し合って、学校に行かせようって決めてたんですよね?」

 テストの時もそう。わたしに相談したときには、もうなにもかもが決まっていた。そこに、わたしの気持ちが入る余地なんてなかった。既に決まったことに対して、追い詰められる形でお願いされるだけ。

 わたしは篠原くんに嫌われたくないから、友達でいたいから、結局断れない。でも、こんなのってずるい。

「ごめんね、津田さん。そんなつもりじゃなかったんだ。津田さんが嫌だったら、無理に行かなくていいから」

 いくら篠原くんが謝っても、わたしは許すことができなかった。お腹の中にいろんな感情が這い回っていて、苦しくて気持ち悪くて吐き気がする。

「篠原くんは……わかんないんですよ」

 自分に決定権がない人間の気持ちなんか。

 存在するだけでも嫌われて、自分の意思決定も無碍にされて、カーストの最底辺で、存在しない(いない)みたいに生きるしかなかった人間の気持ちなんて。

「いじめられた側の気持なんか……。篠原くんに、分かるはずもないじゃないですか」
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