麗華様は悪役令嬢?いいえ、財閥御曹司の最愛です!
 過ごしやすくなってきた気温が、街ゆく人をお洒落に変えた。

 黒塗りの高級車の窓から、美しく並んだ街路樹を眺める。人々が秋服に身を包んで闊歩する姿を、羨望の眼差しで見つめていた。私は来る日も来る日もスーツスーツスーツだ。クローゼットがスーツに占拠されつつある。

 視察や接待で埋められたスケジュールをこなしていたら、いつの間にか季節が変わっていた。京都に紅葉でも見に行きたかったが、今年の秋はもう無理だろう。

(せっかく買った秋服も、出番がないまま冬が来ちゃうわ……)

 そっとため息を吐く私の横には、長い脚を組み、嫌味なほどに顔の整った男性。彼は携帯電話を手に流暢な英語で商談をしている。

 この男性は、北大路正臣(きたおおじまさおみ)さん。私の婚約者であり上司である。

 正臣さんは、旧財閥・北大路コンツェルンの御曹司。次期総裁となる方だ。現在はリゾートホテルKITAOUJIグループの代表取締役である。
 この多忙すぎる婚約者の秘書をしているせいで、私の秋はなくなった。

 艶やかで短く清潔感のある黒髪、くっきりとした二重、すっと通った鼻筋と色気を放つ薄い唇。その精悍な顔つきは、財政界のみならずファッション誌などからも呼び声が高い。
 良いのは顔だけでは無く性格も温厚で、優しく気遣いに溢れた人だ。経営者としての手腕も確かで、CEOに就任して二年だが、着実に利益を伸ばしている。

 この完璧すぎる男が私の婚約者。

 レイラ様と同じ道を辿るとしたら、私はもうすぐ婚約破棄……。そうなれば、花嫁修行の一環として始まったこの秘書業も辞めなければならない。

「麗華? 元気ないけど、どうした?」

 電話を切った途端、私を心配してくれる正臣さん。私より三歳年上で、かっこよくて、自慢の婚約者だ。仕事中の彼はクールだとか冷血だとか言われることもあるが、いつもこうして私を気遣う優しい人である。

 よく考えたら、こんな出来た人が、私を好いてくれるはずもない。私は良く言えば「正義感に溢れる真面目」な性格ではあるが、悪く言えば「強情で妥協も出来ない頭の硬い女」である。レイラ様でさえ婚約破棄されたのだ。そんなゲームが存在するということは、私のような人間は婚約破棄されても仕方がないということだ。
 それに気づいた今、心の底に絶望が横たわる。

「麗華?」
「何も。それより社長、今は勤務中ですよ」
「移動中くらいプライベートにさせてくれ。ただでさえ麗華と過ごす時間が少ないんだから」
「私は貴方の秘書ですから、朝から晩まで常に一緒にいるじゃないですか」
「仕事中の君はよそよそしいし、完璧な秘書だ。婚約者の顔を見せてくれる時間は、ほぼ無いに等しい。車の中くらいは楽しく過ごしたんだけど?」

 仕事中は特に真面目に勤務してきたつもりだ。迷惑はかけていないと信じたい。だが、正臣さんは秘書としてではなく婚約者として過ごしたいと言う。そんな彼の発言に混乱しながらどう返そうか迷っていると、彼は私の手を取った。驚いて顔をあげると甘く微笑む彼と目が合う。見つめ合い、手を繋いだだけなのに、カァッと顔が熱くなった。

「麗華、今日の夜……」
「まっ、正臣さんは……!」
「ん?」

 何か言いかけた正臣さんの言葉を思わず遮った。婚約破棄が怖くて彼の話を聞くのが怖い。

「正臣さんは……、可愛くて守りたくなるような子がお好きだったりする?」

 重ねられた手に動揺して、思わず聞きたかったことを聞いてしまった。例えばゲームのヒロインのような、そんな女性が好きなのだとしたら、私とは正反対だ。
 正臣さんは突然の質問にも余裕の表情でクスリと笑う。

「生涯守りたい子ならいるよ」
「!」

 やっぱり正臣さんは……。
 シュンとした私を正臣さんは気遣ってくれる。だがこの優しさも立場上婚約者であるからだろう。
 だとすれば婚約破棄まっしぐらだ。
 そんなことをぐるぐると考えていて、彼が呟いた言葉は、私の耳に届かなかった。

「俺が守りたいのは君だけだよ?」
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