もっとドキドキさせて

「お嬢様、朝でございます」

安心感に包まれた懐かしい感覚と同時に、どこか距離を置かれているような、少し寂しい気分になる声だった。
久しぶりにあの日の夢を見たせいだろうか。
もしかして、この声も夢の中のものなのかもしれない。
現実と夢の間をうとうとと行き来していると、もう一度呼びかけられた。

「お嬢様、早く起きないと遅刻してしまいます」
今度は少し怒っているようだ。
でも、もう少し心地よく微睡んでいたい。

――と思っていると、勢いよく毛布が私の身体から引き剥がされた。
何事かと思い驚いて目を開けると、満面の笑みを浮かべタキシードを着た男が私の枕元に立っていた。
彼は、私のお世話係の専属執事だ。
満面の笑みを浮かべているものの、多分この顔は作り笑顔だ。
ずっと一緒にいるから私には分かる。

昔はこんな作り笑顔なんてしなかったのに――なんて改めて思ってしまうのは、やっぱりあの夢のせいだ。

「お嬢様。急いで朝食とお着替えを済ませてください」

私は頷きながらパジャマのボタンに手をかける。
すると彼は私の着替えを見ないように目を逸らしながら、いそいそと部屋から出て行った。


なによ、ちょっと前までは着替えも手伝ってくれたのに、なんて思ってしまう。
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