茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
エアコンの駆動音だけが、しばし部屋の中を引っ掻いた。その中で両親が徐々にホッとした表情を見せたのが百子は嬉しく思う。
「百子……なんでそれを先に言わなかったのよ。それは上手く行かなくて当然だわ。逃げてきて正解よ。辛かったわね……」
母が目を両手で覆ったので百子はおろおろとしていたが、頬にぬるい液体が伝ったのを感じて思わず目に手を当てた。母がこうして自分のことを心配してくれているのが意外だったからだ。母は兄ばかり可愛がっており、あまり百子に関心が無かったので、この手の話をしても特に何も反応がないか、もしくは元彼と同棲していたことを強く糾弾すると思っていたのである。
「……うん。辛かった。私もちゃんと話し合いをしなかったのも良くなかったけど、あんな風に裏切られるとは思わなかった……その辺りの話も陽翔さんに聞いてもらってたわ。陽翔さんが話を聞いても、私を悪しざまに言うことも無かったし、寄り添ってくれて嬉しかった……」
百子が下を向いてこれ以上泣くまいとこらえていたら、視界に四角い紺色のものがぼんやりと目に入る。陽翔が自分のハンカチを差し出してくれたらしい。遠慮なく受け取った百子は、そっとハンカチを目元に当てた。
「ありがとう、陽翔さん」
陽翔はちらりと視線を寄越しただけだったが、彼のさり気ない気遣いは心温まるものである。嬉しくなって口元がニヤけるのを、百子はすんでのところでがまんした。
「東雲さん、百子を支えてくれたみたいでありがとうございます。こんなに百子のことを想ってるなら、きっと上手く行くでしょうね。百子をどうぞよろしくお願いします」
歓喜と憂愁をその目に浮かべた母は、ゆっくりと頭を下げる。
「いいえ。私は百子さんの心を守れて幸せですから。もちろんこれからも百子さんと支え合って生きていきたいです」
陽翔もそう言って頭を下げる。その後に父の固い声が続いた。
「東雲さん、娘を身体面でも精神面でも守ってくれたことは感謝する」
百子はびっくりしてハンカチを握りしめたまま頭を上げた。父が軽く陽翔に向かって頭を下げているのだ。百子は陽翔も頭を下げるのを視界の端にとらえていたが、その眼鏡の奥も少しだけ動揺した色が見て取れた。
「だが君を認めたつもりはない。同棲しているということだが、百子とダラダラと過ごして婚期を伸ばすつもりなのか? いつまでも恋人気分でいて、損するのは貴方じゃなくて百子だというのに」
だが父の意見は厳しいままだった。とはいえ、陽翔が百子を救ったことが父に伝わって、百子は少しだけ安堵しているのも事実だ。
「いいえ、そのつもりはありません。結婚を前提に百子さんとはお付き合いをしていますので、彼女の誕生日までに婚約する予定です。もちろん百子さんの意志が最優先ですが」
百子はさっと隣にいる陽翔に目を向けた。その眼光は真剣そのもので、引き結んだ口元に決意が現れているような気がして顔をさっと赤くさせる。
「百子……なんでそれを先に言わなかったのよ。それは上手く行かなくて当然だわ。逃げてきて正解よ。辛かったわね……」
母が目を両手で覆ったので百子はおろおろとしていたが、頬にぬるい液体が伝ったのを感じて思わず目に手を当てた。母がこうして自分のことを心配してくれているのが意外だったからだ。母は兄ばかり可愛がっており、あまり百子に関心が無かったので、この手の話をしても特に何も反応がないか、もしくは元彼と同棲していたことを強く糾弾すると思っていたのである。
「……うん。辛かった。私もちゃんと話し合いをしなかったのも良くなかったけど、あんな風に裏切られるとは思わなかった……その辺りの話も陽翔さんに聞いてもらってたわ。陽翔さんが話を聞いても、私を悪しざまに言うことも無かったし、寄り添ってくれて嬉しかった……」
百子が下を向いてこれ以上泣くまいとこらえていたら、視界に四角い紺色のものがぼんやりと目に入る。陽翔が自分のハンカチを差し出してくれたらしい。遠慮なく受け取った百子は、そっとハンカチを目元に当てた。
「ありがとう、陽翔さん」
陽翔はちらりと視線を寄越しただけだったが、彼のさり気ない気遣いは心温まるものである。嬉しくなって口元がニヤけるのを、百子はすんでのところでがまんした。
「東雲さん、百子を支えてくれたみたいでありがとうございます。こんなに百子のことを想ってるなら、きっと上手く行くでしょうね。百子をどうぞよろしくお願いします」
歓喜と憂愁をその目に浮かべた母は、ゆっくりと頭を下げる。
「いいえ。私は百子さんの心を守れて幸せですから。もちろんこれからも百子さんと支え合って生きていきたいです」
陽翔もそう言って頭を下げる。その後に父の固い声が続いた。
「東雲さん、娘を身体面でも精神面でも守ってくれたことは感謝する」
百子はびっくりしてハンカチを握りしめたまま頭を上げた。父が軽く陽翔に向かって頭を下げているのだ。百子は陽翔も頭を下げるのを視界の端にとらえていたが、その眼鏡の奥も少しだけ動揺した色が見て取れた。
「だが君を認めたつもりはない。同棲しているということだが、百子とダラダラと過ごして婚期を伸ばすつもりなのか? いつまでも恋人気分でいて、損するのは貴方じゃなくて百子だというのに」
だが父の意見は厳しいままだった。とはいえ、陽翔が百子を救ったことが父に伝わって、百子は少しだけ安堵しているのも事実だ。
「いいえ、そのつもりはありません。結婚を前提に百子さんとはお付き合いをしていますので、彼女の誕生日までに婚約する予定です。もちろん百子さんの意志が最優先ですが」
百子はさっと隣にいる陽翔に目を向けた。その眼光は真剣そのもので、引き結んだ口元に決意が現れているような気がして顔をさっと赤くさせる。