茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
隠せはしない
二人が気持ちを確かめあった翌日に、百子が陽翔の両親に挨拶に行くのは8月上旬に決定した。百子は今から不安に駆られたが、陽翔が電話を掛けた時に、声音からして嫌そうな感じではなかったと報告を受けたので、少しだけ胸を撫で下ろしたのだ。それでも不安はつきまとうが、流石にこればかりは陽翔の家に行ってみないと分からないので、今悩んでも無駄だと頭を振った。

(先の不安よりも、今やるべきことに目を向けないと……)

百子はそう切り替えたが、それはそれでどうしてもやりたくないことにぶち当たってしまい、百子は大きなため息をついた。

「そうだ。私の荷物取りに行かないと……でも行きたくない……」

百子はシンクの掃除を一通り終えて、リビングのソファーに座りながら独りごちる。弘樹に今月中に荷物を取りに行くと言った手前、何がなんでも今週か来週の間にやらねばなるまい。例え家に行きづらくとも、今必要な物でもなくても、回収して安心したいのだ。せめてお気に入りのコートとブーツは回収しておきたい。

「それなら俺も行く」

百子はぎょっとして振り向く。陽翔がお風呂の掃除を終わらせて一息つきに来たのだろう。しかも独り言をばっちり聞かれてしまったらしい。陽翔はそれを見て首をかしげる。何故百子が慌てたのかが今ひとつ分からなかったのだ。

「陽翔……聞いてたの」

陽翔は迷わずに百子の隣に座り、テーブルに置いてある麦茶を飲む。

「いいよ。一人で行く……行きたくないけど、これは私の問題だし。行くとなると有給も取らないと駄目だもん。土日だとあの人がいるから鉢合わせしても嫌だし。陽翔を巻き込む訳にはいかないのよ。仕事の邪魔をしたくないわ。自分の荷物は自分で取りに行かないと」

大方彼女からの答えが予想できた陽翔は迷わずに首を横に振った。

「それについては気にすんな。俺は今月絶対に有給取れって会社から言われてるし。だから俺も行く。むしろ連れてってくれ」

百子は目をぱちくりさせて陽翔を見る。彼の発言は渡りに船ではあったものの、例によって例のごとく、彼に甘えるのに引け目を感じてしまうのだ。長年の癖は中々抜けないものである。誰かに甘えた経験がほとんど無いからかもしれないが。

「えっと……嬉しいけど……本当にいいの?」

百子は何だか外堀を埋められているような心地がしたが、一応それだけ確認を取る。

「遠慮はしなくていい。荷物を運び出すなら男手はいた方がいいだろうが。それに荷物がどれくらいあるか分からんが、どうやって運ぶんだ。お前車とか持ってないだろ」
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