「トリックオアトリート」ならぬ脅迫または溺愛! 〜和菓子屋の娘はハロウィンの夜に現れた龍に強引に娶られる〜
「勝手に行くなと言っているだろう」
 ふいに目をそらすと、男性は男の子の頭を撫でてそう言った。
 萌々香はこっそりと息をつく。早くなった鼓動はすぐにはおさまらない。

「だって、あのときのおねえさんの匂いがしたんだもん」
 男の子はぷくっと膨れて抗議してから、まんじゅうを彼に見せる。

「おまんじゅうもらったよ」
「代金は」
 男性が男の子をとがめるように尋ねる。

「今日は小学生以下の方には無料で一つお配りしているんです」
 萌々香は男性に説明した。

「そうか。ありがとう」
 にこりともせず、男性は言った。
「いえ」
 萌々香は愛想笑いを返した。

「綺麗だな」
 男性の言葉に、萌々香は当たりを見回す。
 商店街のとってつけたようなハロウィンの飾りがあるだけだ。
 隣の八百屋にも萌々香のいる店にもかぼちゃのイラストの入った商店街のポスターが貼られ、100円均一で買ってきたハロウィンの飾りがある。

「君のことだ」
 男性に言われて、萌々香の頬がかっと熱くなる。

「ありがとうございます」
 きっとお世辞にちがいないのに、胸がまたどぎまぎした。

「ちょうど会えてよかった。昨日の返事をもらいにきたのだが」
「なんのことでしょう」
 男の鋭い目線に、思わず顔を逸らした。心当たりがなにもない。

「まさか覚えていないとは言うまいな」
 男性の声に、萌々香は首をすくめる。まったく記憶にない。

「どうしたの、萌々香」
 隣から来た美穂が萌々香にそっとたずねる。

「よくわからない」
 戸惑いながら答える。

 美穂は男性と萌々香を見比べて、にやっと笑った。
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