敏腕社長は雇われ妻を愛しすぎている~契約結婚なのに心ごと奪われました~
 母は隼人さんに笑顔で話しかけていた。

「頼んでもいないのに勝手に料理をしてね……。無駄なことばっかり。独りよがりなんですよ、あの子は」

 母が話している内容に私は硬直した。けれどすぐに我に返って声をかける。

「お待たせしてごめんなさい」

 わざとらしくやや大きめの声にふたりの意識がこちらに向き、私は紙袋を抱えて隼人さんのそばに近づいた。

「未希が未熟なことちゃんと伝えておいたわよ。返品されても困りますからって。愛想尽かされて失望されないようにね」

「……お母さん、忙しいんじゃないの?」

 隼人さんがなにか言い返そうとしたが、その前に私が口を開いた。母は髪を耳にかけ、腕時計を確認する。

「そうそう、もう行かないと。でも、いいタイミングで会えてよかったわ」

「お忙しいところすみませんでした」

 隼人さんの謝罪に母は笑顔で返す。

「いいえ。シャッツィの社長さんに一度会ってみたかったので、お会いできてよかったです。じゃあね、未希」

 それから母は私たちの横をすり抜け、エレベーターの方へ向かう。そのうしろ姿を見つめるが母が、こちらを振り返ることはなかった。

「あの、母が突然……すみませんでした」

 廊下に再び静寂が戻り、気まずい空気に耐え切れず私は口を開く。

「未希が謝る必要はないだろ」

 すかさずフォローされ、逆に胸が軋んだ。隼人さんが気を悪くしてもおかしくはない立場なのに。
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