振り返って、接吻


帰宅して、宇田がものの数分で作りあげた中華風家庭料理を食べた。空腹のせいに違いないけど、悔しいくらい美味しいエビチリに「まずい」とコメントする。


それでももくもくと箸を進めで残さず食べた俺を見て、宇田は「次はもっと美味しく作るね」と笑った。ふうん、また作ってくれるらしい。



仕事が恋人のような独身の俺もそれなりに料理はできるけど、なにせ食事に対する意欲が低い。何においても抜群のセンスがある宇田は、料理のセンスも光っている。薄く切った大根を皮がわりにした餃子は、健康的なうえに美味しかった。

最悪なことに何年もの付き合いだが、未だに良いこと悪いこと驚かされるなと感服しながら風呂に入った。所要時間は15分。これが俺にはちょうど良く、身体を休めることができる入浴だ。



髪をタオルで雑に乾かしながらリビングに戻ると、ソファには俺のTシャツを我が物顔で着る宇田がいた。風呂に入る前に渡しておいたプレゼンの記録を熱心に読んでいる。

ぶつかる空気がやたらと暑いので空調のリモコンを見てみると、設定温度が30度だった。寒いならパーカーを着ろ。というか、勝手に俺の服を着るな。


とは言いつつも設定温度を下げない俺がいて、いや、相手は社長だから。風邪でも引かれたら困るし。心の中では饒舌な俺は、見えない敵に向かって言い訳をする。


「うわ、いつの間にあがったのー」


宇田は裸足を空中に放り投げるような格好で、ソファの上からこちらを振り返った。態度の大きさとは裏腹に小柄なので、俺のTシャツをワンピースとして着用しているらしい。


3人がけ程度のソファに身体を預けて、脚を投げ出している。正直、時と場合によっては、なかなか官能的な体制だが、いつもこうだから気付かないふりをした。

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