振り返って、接吻
それから俺の運転で区役所に行って、ふたりで婚姻届を提出した。
事務的な手続きはさくさくと進み、なんだかしっとりした雰囲気すら無かった。まあ、こんなもんかってかんじ。思わず途中で、免許の更新を思い出してしまったのは秘密にするつもり。
何はともあれ、スムーズに事は進み、どうやら俺と宇田は夫婦になったらしい。
そうなると宇田って呼ぶのもおかしいけど、これはもはやニックネームだ。ほら、宇田のご両親のことは宇田って呼ばないし。
「わたしたち、結婚したね」
そんな宇田はアイスコーヒーの入ったグラスをからんころんと鳴らしながら、しみじみと言葉にした。氷とグラスがぶつかる音、好きだな、と思った。
いまは小洒落たカフェレストランで遅めの昼食だ。日光の降り注ぐ店内はコンクリートが打ちっ放しの壁で、そこに映える食器や家具も丁寧に選ばれたものだとわかる。
だけど、スーツ姿の俺が違和感ないかって聞かれるとちょっと困るかも。
「ようやく、由鶴がわたしのものになった」
「昔からそうだよ」
「ちがうよ」
間髪入れずに否定された。宇田が俺のものになった、ならわかるけど、俺は物心ついたときから宇田しか見えていないのに。
「わたし、由鶴のこと、好きだよ」
その言葉を無邪気に丸ごと飲み込めるほど、俺は無知ではなかった。なるべく空気を壊さないように、さらりと返す。
「へえ、嫌われてると思ってた」
———俺は、宇田に面と向かって、大嫌いだと言われたことがある。