振り返って、接吻
わからないはずがないし、本人もそのことをわかっている。だから、わたしが答えるよりも先に手を外してしまう。
視界が自由になったわたしが振り返ると、わずかに口角を上げた由鶴がいた。
「なにこれ、すっごく可愛いんだけど」
「驚いた?」
「うん、すごくね」
思わず笑ってしまうわたしに、由鶴もつられてちょっと笑った。きちんと手を口元に持ってくるあたり、相変わらず品が良い。
さっきまで話題の人物だった彼がわたしたち女子の輪の中に入ってきたことで、彼女たちは分かり易く色めきだっている。
「で、どうしたのゆづ」
「いや、すごい見られてるけど」
「内緒話するつもりだったの?」
「ううん、きょう生徒会あったっけ?って話」
あまりの熱視線に苦笑しながら、由鶴は椅子に座っているわたしに視線を合わせるように腰を落とした。
どうやら彼は、きょうの放課後の生徒会の活動を確認しに来たらしい。わたしがほぼ強制で参加させた生徒会だけど、彼は欠席することもなく真面目に働いている。
「きょうは生徒会ないよ、もうすぐ試験だし」
だからね、ほんとは、いっしょに勉強しようって誘うつもりだったんだよ。
「もうすぐ?試験って来週でしょ」
「、それもそうだね」
「明日からちゃんと勉強するから、きょうは遊びにいってくる」
謎の言い訳をした由鶴は、きょうはサッカー部の子たちと遊びに行くらしい。かわいいな、もう。
女の子のほうが成熟が早いというのは本当のことみたいだ。まだ子どもらしく無邪気な由鶴は、わたしの心に浅い切り傷をつけていく。
「友だち、増えて良かったね」
「ん、ふつう」
「わたしとも遊ぼうね?」
「当たり前でしょ、試験勉強もいっしょにしよ」
わたしのささやかな反抗を、由鶴は丸ごと受け入れてくれる。全部を語らずともわかってくれる。
こんなに分かってくれるのに、もっと分かってほしい。言葉なんかなくてもいいくらい、もう、ぜんぶ、ふたりでひとつになりたい。
それから女の子たちと少しだけ会話をした由鶴は、失礼にならない丁度良いタイミングで男の子たちの輪に戻っていった。