振り返って、接吻
すると、千賀は手帳を閉じて、俺の機嫌を伺うように、
「副社長、なにか良いことありましたか?」
「は?」
「す、すみません」
あまりにも負の感情を露わにした声だったらしい。年下の部下は申し訳なさそうに頭を下げだ。
「悪いけど、私語は後にしてくれる?」
「はい、失礼しました」
我ながらいつにも増して冷たい声が出たけど、ちがう。私語なんてどうでもいい。
機嫌が良くなっていることに自分でも気付かないふりしていたのだから、オマエも敏感に察しろよ。それができないなら、何も気付かないほど鈍感になれ。
機嫌が良く見えた原因なんて死んでも教えたくないし、さらに言うなら考えたくもない。黄色の付箋が貼ってあった場所が、やたら空白に感じて目につく。
———宇田が俺に仕事を押し付けてくれることが、頼ってくれることが嬉しいなんて、絶対に言いたくない。
それから仕事を進めていくと、冷静になり、秘書に対して完全に八つ当たりしてしまったことを恥ずかしく思えてきた。
あとで千賀にはお菓子でも買っていって謝ろう、と誓った。ほんと、秘書って大変だろうな。