振り返って、接吻
企画のプレゼンに参加したこと以外、ずっと副社長室でひとり仕事をこなしていた俺は、優秀な秘書に呼ばれて、ようやく珈琲休憩をとった。外と関わるのはどうしても宇田のほうが得意なので、俺はこの部屋に引きこもりがちだ。
珈琲を淹れて時計を確認すると、21時を過ぎていた。これを飲んだら、そろそろ帰ろうか。
そう思っていると、「副社長、いま、お時間いいですかー?」と完全に舐めた態度の男の声がドア越しに届いた。
即座に迷わず「無理です」と断ったというのに、「失礼しまーす」という返事と共にドアが開いた。まったく、マナーもプライバシーもない。社会人失格だ大人やめろ。
冷たくそちらに目線を向けると、予想通りの人物が予想通りに胡散臭い笑みを浮かべながら、予想通り俺の座るデスクに歩み寄ってくる。
茅根は分厚いファイルを両手で抱えながら、ゆったりとマグカップに口づける俺を見て笑った。
「副社長、サボりじゃん」
「悪い?」
「いや?優雅っすねえ、絵になるよ」
会話をなぞるだけなら褒めてるように思われるかもしれないが、間違いなく馬鹿にされている。そのくせ、容姿だけは品の良い王子風なので腹が立つ。