冷血警視正は孤独な令嬢を溺愛で娶り満たす
 気配が遠ざかりパタンと扉が閉まった。

 足音が聞こえなくなったのを確認してから、蛍はこらえきれず嗚咽を漏らす。

 両手で口元を覆ってもかすかな泣き声が部屋に響く。頬を伝って落ちる滴が枕をぬらした。

(私が眠っているときも律儀に演技をしてくれるの? それとも今のは……)

 甘いキスをくれるときも、情熱的に抱き合う夜も、左京は決して蛍に「好き」も「愛してる」も言わなかった。

 蛍に未来を期待させたのは、いつかバレエを見せてほしいと言ったあの言葉だけだ。

(だから左京さんの本心を知ったとき、驚いてショックだったけれど……どこか納得感もあった)

 愛をささやいてくれなかったのは、そういうことだったのかと。

(なのにどうして?)

 蛍が聞きたくてたまらなかった『愛してる』を今、くれたのだろう。

(もう一度だけ、あなたを信じてみたいと思ってしまう)

 愛は信じない。そうやって生きてきた自分が叶うはずのない愛に必死に手を伸ばしている。

 この手はなにかをつかむことができるだろうか。
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