冷血警視正は孤独な令嬢を溺愛で娶り満たす
 ダンサーの息遣いまで伝わってくるような最前列はもちろん素晴らしいが、コールドバレエの迫力は後方の席のほうがより感じられると思う。

 そんなようなことを、蛍は左京に力説する。

「あと観客の反応がよくわかるのも後ろの席のいい点です。人気が出て、次にスターになりそうなダンサーは誰だろうって予想するのも楽しいんですよ!」
「なるほど」

 左京の目が優しい弧を描く。

「もう二週間以上そばにいるが、こんなに楽しそうな君を見るのは初めてだな」
「あっ」

 少し恥じるように蛍はうつむく。

「すみません。浮かれている状況じゃなかったですね」

 左京が蛍に付き合ってくれているのは仕事の延長だ。別に自分とバレエ談義などしたくもないだろう。

「いや。このチケットを取った自分の有能さに感心している」

 おどけたように彼が言って、ふたり笑い合った。

(変なの

 彼とこんなふうに穏やかな時間を共有していることが不思議だった。さらに自分はそれを不快に思ってはいない。

「そろそろ行こうか」

 左京が席を立った。

「菅井さんっ」

 振り向いた彼は思いきり顔をしかめる。

「努力ではなく結果を、と伝えたはずだが」
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