カバーアップ
その薬指には指環が嵌まっていなかった。

「……なくした」

斜め下を向いたまま、課長は人差し指でぽりぽりと頬を掻いているけれど。

「は?」

今、この人、大事な結婚指環をなくしたとか言いましたか?

「漂白剤使うんで外して置いておいんだけど、弾みでテーブルの上から落ちて。
探したんだけど、見つからないんだ……」

はぁーっと物憂げなため息が、彼の口から落ちていく。

「大変じゃないですか!」

これはパフェなんて食べている場合ではないのでは?
普通の夫婦なら奥様に謝り倒して新しく買い替えられるが、菅野課長は無理なのだ。

「すぐに探しましょう!」

「……え?」

なぜか、課長は驚いたように私を見ている。

「桜井が探そうと言ってくれるとは思わなかったな」

今度は、私が驚く番だった。

「そりゃ、あの結婚指環が菅野課長にとって大事なものだって知ってますから……」

「おかげでますます、僕はどうしていいのかわからなくなった……」

私を無視して話を続け、再び課長が物憂げにため息を落とす。

「僕はね、桜井」

顔を上げた課長が、眼鏡越しに真っ直ぐに私を見る。

< 8 / 11 >

この作品をシェア

pagetop